会報誌

子育てを地域の真ん中に ~一人一人の“居場所”を作りたい~

少子高齢化が進む昨今、首都圏の人口密集地や人口減少が懸念される地方の市区町村など、環境の違いによる子育てニーズが多様化しています。そんな中、地域に合った保育施設や学童保育施設をプロデュースし、子どもの成長を地域全体で見守る環境づくりに取り組んでいる、株式会社フォーハンズ 代表取締役の熱海 正宏氏にお話を伺いました。

<フォーハンズとは>

地域ごとのニーズに合わせた保育施設や学童保育施設、地方自治体やディベロッパーとの協業による集合住宅の開発に合わせた子育て施設、遊休地や廃校などの有効利用等、子育てを軸にしたさまざまな施設のプロデュースを行う。英語・運動・日本語・知育等のカリキュラムがバランスよく組み込まれたインターナショナル幼保園「ユニバーサルキッズ」をはじめ、東京および横浜エリアを中心に6園を運営中(2022年8月現在)。

子ども、親、先生、地域の4者を幸せに

石井氏
―先日、「ユニバーサルキッズ仲町台」を見学させていただきましたが、子どもも先生たちもみんな目がキラキラしていて、とてもいい雰囲気だなと感じました。

熱海氏:そう言ってもらえるとうれしいですね。日ごろから園を運営する上で、来てくれる一人一人にとっての“居場所”になれたらいいなと思っているんです。子どもたちはもちろんですが、親御さんや先生たち、地域の人たち、この4者をもっと幸せにしたい。その思いが、「フォーハンズ」という社名の由来にもなっています。なので、子どもだけでなく、大人にもスポットを当てることを意識しています。職員が楽しくなるような雰囲気を作ったり、お子さんを通して親御さんたちにもメッセージを与えられるような、そんな保育の形を考えています。


ユニバーサルキッズ仲町台の様子

石井氏
―具体的にはどんな保育を行っているのですか?

熱海氏:子どもたちに、「子どもたちのために本気になる大人の姿」を見せたいと思っています。例えば給食であれば、「予算内でそれなりのメニューを用意すればいい」という考え方ではなく、「子どもたちを喜ばせること」を第一に考えています。一つ一つのイベントがきちんと思い出に残るように、行事食にもこだわっています。日本の文化や行事などについて、ただ学ぶというだけでなく、“楽しく”学べるようにしたいと思っているんです。節分であれば、まず節分に関する絵本を読み聞かせしたあとに、その絵本に出てくるキャラクターを給食で出す。そんなふうに、ストーリー性を持たせるように工夫しています。子どもたちが育つ上で、きちんと記憶に残るような一日一日を過ごさせてあげたいというのが一番の思いですね。

教育とは本来は生活の中で得られるもの

石井氏
―どんな子どもに育ってほしいですか? また、園独自のルールなどはありますか?

熱海氏:ユニバーサルキッズの子ども達には、何でもいいので、自分の武器になるものを一つ見つけてほしいと思っています。あとは、人のつながりを大切にする子に育ってくれたらうれしいですね。
園のルールは特にありません。逆に、「こうしなければならない」ということをできるだけなくすようにしています。やっぱり子どもらしい子どもが一番だと思うんですよ。もし「人には必ず挨拶をしなさい」というルールを作ったとしても、そんなふうに強制された挨拶なんて、された側もうれしくないですよね。自分が本当にやりたいと思ってやらないと意味がないんじゃないかと思います。

石井氏
―保育事業に携わる中で、印象的だったエピソードなどあれば教えてください。

熱海氏:「ユニバーサルキッズ仲町台」は、3年前に事業譲渡を受けてわれわれが運営することになったのですが、当時、子どもたちがおやつに興味を示さなくなっていたんです。「またあのパン? やだ、もう食べたくない」と。食に興味のない子どもって、他のことにも興味を示さなくなるんですよね。園でもだらだらと過ごしているように見えました。そこで、月に1回、子どもたちが大好きなモスバーガーを食べられるようにしたんです。すると、「もう園のおやつは食べたくない」と言っていた子の目の色が変わり、おかわりまでするようになりました。あとは、イスラム教の子が「私、お肉が食べられない」と言うので、大豆でできたソイパテのハンバーガーを用意したところ、とても喜んでくれたんですよね。無気力だった子どもたちが「あ、これおいしい!」と笑顔で夢中になっている姿、あれが私の一番の原点かもしれません。そんなふうに子どもたちが夢中になれることをどんどん仕掛けたいという思いから、新しいカリキュラムを取り入れたり、地元の企業と組んでさまざまなイベントを企画したりしています。
「教育」というと小難しいイメージがあるかもしれませんが、本来は生活の中で得られるものだと思うんです。子ども達には、本当の人間らしさみたいなことを教えてあげたいですね。

保育園が地域のハブになれるように

石井氏
―仲町台の園には学童も併設されていますよね。ユニバーサルキッズを卒業して、そのまま学童に通う子も多いんですか?

熱海氏:多いですよ。そもそもなぜ学童を併設したかというと、ユニバーサルキッズに通っている間に、子どもたちはいろいろなことに興味を持ち、主体的に学ぶことを覚えていくわけですが、小学校に上がった途端、頭を押さえつけられて元気がなくなってしまうことが多いんです。5歳までは「主体的に」とか「想像力をもって」といって自由に育てられているのに、小学校に入ってしんどい目に合うのはかわいそうだなと。特にユニバーサルキッズを出た子は個性が強いので、せめて学童の時だけでも、以前のように友達と集まって楽しく学べる場を作ってあげたい、という思いで運営しています。


UKAcademy仲町台の様子

石井氏
―熱海さんご自身はそもそも子どもがお好きなんですか?

熱海氏:私も子ども時代は保育園に通っていて、実はそのころから年下の子の面倒をよく見ていたようです。どうやら、まだ自分自身も2歳ぐらいのときに、1歳の子たちの教室に行って、寝かしつけやご飯の用意を手伝ったりしていたらしいんです(笑)。私自身はそのころの記憶が曖昧であまりよく覚えていないのですが、保育園の仕事をすることになったときに、母からは「あー、やっぱりね。昔から子どもが好きだったものね」と言われました。私、三人兄弟の末っ子なんですよ。いつも自分がお世話される側だったから、弟か妹が欲しかったんだと思います。下がいなかったから、自然と保育園で年下の面倒を見ていたのかもしれませんね。

石井氏
―なぜ「保育園で街づくりをしたい」と思うようになったのですか?

熱海氏:きっかけは、宮城の田舎町で育ち、地域の方々に育てられたという私自身の経験にあります。私が通っていた保育園では、お祭りなどの行事があれば地域の皆さんが参加して手伝ってくれました。また、やんちゃだった私のことを周囲の大人が何かと気に掛けてくれて、手を差し伸べてくれました。それが東京に出て来てみると、隣近所の寄り合いや助け合いの文化が一切ないことに驚いたんです。引っ越してきた日に、お隣の家に挨拶に行ってお土産を渡そうとしたときも、ものすごい勢いで拒否されてしまって(笑)。隣近所との関係性がまったくないということに大きな違和感を覚えました。それなら、保育園に通うママさん同士をつないだり、地域のいろいろな方に来てもらったりして、保育園が地域のコミュニティのハブになれたらと考えるようになりました。

子育てを一人で抱え込まないで

石井氏
―子育て中の親御さんたちに、どんなメッセージを送りたいですか?

熱海氏:「あんまり頑張りすぎないでください」と言いたいです。親御さんも保育士さんもそうなのですが、子育てに関する人って、どうしても一生懸命頑張りすぎてしまうんですよね。親御さんたちには、われわれのような保育園をうまく使って自分の時間を作ってほしいし、自分自身の人生もきちんと楽しんでほしいと常々思っています。きついのに歯をくいしばって一人で抱え込む必要はありません。われわれの園には、親御さんたちがよく子育ての悩みを相談しに来ます。中には、「先生と話したおかげで胸につかえていたものが取れました」と言って涙を流す方もいます。これからも、そんな“駆け込み寺”のような存在になれたらと思っています。
あとは、パパにもっと保育園に興味を持ってもらいたいので、パパ向けのイベントも増やしていく予定です。パパと子どもだけのお泊りバーベキューとかも楽しそうですよね。そうすれば、ママが一人になる時間も作ってあげられますし。

石井氏
―今後ますます、みんなで子育てするという意識が大切になってくるということですね。

熱海氏:はい。コロナ禍になって以降も、私たちはイベントを一つも中止にしていないんです。むしろこんなときだからこそ、さまざまな体験の機会を強化していきたいと思っています。しっかりと感染対策を行いつつ、お泊りイベントも実施しています。親御さんから批判が起こるかもしれないとも思いましたが、実際には称賛の声しかありません。「子ども達も家の中にずっとこもっていたので、本当にありがたいです」と。親御さんからすると、いい意味で肩の力が抜けたのかもしれません。

石井氏
―これからの展開についてはどうお考えですか?

熱海氏:今後は、われわれだけでは展開できないエリアにも、フランチャイズで広げていこうと思っています。私自身、宮城の田舎町で育ったこともあり、都会と地方の教育格差を実感しています。田舎のほうが情報量が少ないし、そもそも選択肢がない。ですので、オンラインを活用したり、さまざまな体験機会を提供することで、地方の子ども達にも選択肢を増やしてあげたいと考えています。ちなみに直近では、フランチャイズ1号店・海外1号店として、タイにも新しい幼稚園をオープンする予定です。
これからも、子どもたちを応援するパートナーとして、保護者や地域の方と共に子育てから元気な地域をつくっていきたいです。

(聞き手/LOCON株式会社代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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