会報誌

「何を食べてどう寝るか」が人生を決める! ~幼少期から気を付けるべきことは?~

山口 剛史さんプロフィール
筋骨隆々のトップアスリートと幼い子供たち。一見全く違うように思える両者ですが、実は共通している点があります。それは、どちらにも良質な食事と睡眠が欠かせないということ。
10年近くにわたり柔道全日本男子チーム体力強化部門長を務め、自身もボディビルダーとして活躍する日本体育大学体育学部教授の岡田 隆氏に、幼少期における食事・睡眠・適度な運動習慣などの重要性について伺いました。
<岡田 隆(おかだ たかし)さん プロフィール >

1980年生まれ、愛知県出身。日本体育大学体育学部教授。ボディビルダー、博士(体育科学)、理学療法士。2012年から2021年まで柔道全日本男子チーム体力強化部門長を務め、2016年リオデジャネイロオ五輪では史上初となる柔道男子全階級メダル制覇、2021年東京五輪では史上最多5個の金メダル獲得などに貢献。「バズーカ岡田」として多くのメディアに出演し、自身のYouTubeチャンネル「バズーカ岡田の筋トレラボ」は登録者数25万人を超える。

健康な人生に必要な「食事」と「睡眠」

山口 剛史さんプロフィール
石井氏
●ご自身は子供のころから体格がよかったのですか?

岡田氏
●いえいえ、全く(笑)。サッカーや柔道などの運動はよくしていましたが、食事などに関する知識は私も親も全くなくて、当時は「とにかくよく食べろ」という感じでした。だから損をしていたなと思いますね。大人になってから食事や睡眠などについていろいろな知識を得たのですが、これを子供のころから知っていたら人生違っただろうなと。もちろん、全ての人がトップアスリートのような筋肉を身に付ける必要はありません。でも、「何を食べてどう寝るか」ということは、全ての人が健康に生きていくために大切なこと。こうしたことをもっと早くから知っていたら、運動だけでなく勉強のパフォーマンスももっと上がっていたかもしれないなと思います。実はボディビルという究極の体作りをしているときでも、そういう基本的なところに立ち返ることが多いんです。

石井氏
●食事の面では、幼少期からどんなことに気を付ければよいのでしょうか?

岡田氏
●体を作るうえでたんぱく質は欠かせません。しかし昨今の日本人は、戦後のレベルまでたんぱく質摂取量が減ってきていると言われたりしますよね。特に成長期の子供にとってたんぱく質を摂取することは、アスリートのそれと同じぐらい大事なのです。ですから、一食の中にたんぱく質が全くないようなメニュー構成は避けてあげたほうが、子供の体のポテンシャルを引き出す上ではいいと思います。もしお昼がそうめんだったとしたら、そこに魚でも豆腐でもヨーグルトでも、何か一品たんぱく質を加えてみてください。子供のころから、大豆・肉・魚・乳製品など、いろいろなタンパク質食材を美味しいと感じられる舌を作ってあげられるといいと思います。そうすれば、やがて大人になったときに自分で勝手にいいものを食べるようになってくれますから。

石井氏
●睡眠に関してはいかがでしょうか?

岡田氏
●今はスマホがあるので、夜寝る前に布団の中でゲームなどをしている人が多いんですよ。柔道の日本代表クラスの選手や日体大の学生の中にもいます。その時間は本当にもったいないどころかマイナスなので、睡眠時間に回してほしいと常々言っています。睡眠は、リカバリーの中での最も重要な要素の一つ。寝不足、あるいは本人は寝不足と感じていなくても十分な睡眠が取れていない隠れ寝不足のような状態で練習しても、本当に高いレベルを目指すことはできません。実はこれはアスリートだけでなく、子供たちにも言えることです。学校ではみんな同じように座って授業を聞いているように見えますが、どこまで理解できているかは全く別の話。やはり睡眠が足りていない状態では、脳のパフォーマンスも上げられないと思います。だから子供達にも、トップアスリートと同じぐらい睡眠を大事にしてほしいですね。

自分の体を守るために適度な運動の習慣を

山口 剛史さんプロフィール

石井氏
●食事と睡眠について伺ってきましたが、適度な運動も大事でしょうか?

岡田氏
●そうですね。ただ、今は塾に行っている子供が増えていて、なかなか運動する時間がないのでかわいそうだなと思います。本来子供たちは、自分の体をたくさん動かすことで体の成長に必要な刺激を得ています。その刺激がない状態というのは、当然大人になってからもいいわけがないですよね。体の使い方が未熟なままでの成長は、腰痛や肩こりの発生とも関係するかもしれませんし、将来は転倒リスクが増すかもしれません。また、運動をしないと睡眠の質も上がらないですし。
また最近は、学校の先生たちが忙しすぎて部活まで見ていられないという現状があるとも聞きます。この状態が続けば、部活でスポーツをやる人自体が減ってしまうかもしれません。そうなると、今後は部活に依存することなく学校体育の授業でスポーツの楽しさを伝えたり、運動嫌いにならないような取り組みをしたりしていかないと、将来的に不健康な人が増えてしまうのではないかと危惧しています。

石井氏
●これから学校体育の重要性が高まってくるということですね。現状ではどうなのでしょうか?

岡田氏
●先日、高校の体育の授業を見る機会があったのですが、未だに数十年前と変わらないことをやっていて驚きました。そもそも、体育の授業でなぜ球技ばかりやっているのか。もし、「生涯健康に生きる」ということが一つの目的なのだとしたら、筋トレやストレッチ、有酸素運動などを教えたほうがいいと思うんです。でも、そういった授業は一切ない。今の時代に最適化された授業内容にアップデートするために、変えなければいけない部分がたくさんあると感じました。
とはいえ、学校のシステムはそんなにすぐには変わらないでしょう。だから、学校体育に過度に期待するのではなく、自分の体は自分で守れるように、適度な運動の習慣を子供のうちから身に付けておくことが大事だと思います。今は、逆上がりにしても縄跳びにしても、やり方を教えてくれている良質な動画がYouTubeにもたくさんアップされているので、参考にしてみるのもおすすめです。

石井氏
●小さいうちはたくさん歩くと良いと聞きますが、幼少期以降も歩くということは大事なのでしょうか?

岡田氏
●歩くのは良いことですが、使う筋肉や神経系統が限局的すぎるので、成長するにつれて運動の多様性を持たせた方が良いでしょう。小さい子供って、勝手にガチャガチャと落ち着きなく動いていますよね。あれも運動の多様性の一つです。でも、大きくなるにつれてそのような動きも減ってしまうので、意識して何かスポーツに取り組めるといいと思います。そして「歩く」というのは予測可能な運動ですが、それだけにとどまらず、予測できないような動きに対応することも重要です。ですから、対人的なスポーツなどはすごくいいと思います。決まった動きを繰り返すのではなく、相手がどう動くか分からない中で、今持っている自分の体を使って反応するしかない。相手の動きというのは予測不能ですから、それに対応するというのが究極的な体の使い方だといえます。

良い習慣は親の関わりが深い幼少期のうちに!

山口 剛史さんプロフィール

石井氏
●勉強やかけっこで順位を決めるのはどうなのかという議論もありますが、競争についてはどうお考えですか?

岡田氏
●私自身は、競争心は大事だと思っています。最近アフリカの動物たちの動画をよく見ているのですが、やはり弱肉強食の世界で成り立っていると感じますね。人間もそういう世界で数百万年もかけて進化してきたわけです。だから、「競争したい」「競争に勝ちたい」という感覚は実はみんなの本能にあるはずだし、それがないと引き出されないポテンシャルというのもあると思います。
ただ、運動会で徒競走だけを競争材料にするのは、少し短絡的だなとも感じます。徒競走では、「脚で体を速く移動させる」という要素しか見ないですよね。それ以外にも「強い力を出す」「体をバランスよく使う」「体を長時間動かす」など、運動にはいろいろな要素があるはずなのにそれらが全く考慮されず、ただ一つの要素でしか評価されないシステムというのは不適切と言わざるを得ず、残念です。
ちなみに、柔道の日本代表選手を見ても、全員がすごく足が早いというわけでもありません。代表選手の中で体力測定をしてみると、一つ一つの体力要素は高くないけれど、競技成績が高いという選手はいっぱいいます。そういう選手は、戦術や駆け引きに優れているんです。そういった自分自身の戦い方を学ぶ意味でも、さまざまな要素を競争に取り入れるということが大切だと思います。

石井氏
●近年、日本人でも世界で戦えるということを証明してくれるアスリートが数多く出てきています。昔と比べて何が本質的に変わったのでしょうか?

岡田氏
●色々な要素があると思いますが、情報化社会が大きいのではないでしょうか。今は、世界レベルの練習やトレーニングを誰でも動画で見られるようになりました。だからこそ、いい情報をきちんと自分で取れるということが重要になってきていると思います。
あとは、思考停止しない、マインドブロック(心のブロック)で自分の行動を制限しない、ということもすごく大事だと感じています。

石井氏
●「自分で限界を作らない」ということですね。ご自身も筋トレなどをする上で意識されているのですか?

岡田氏
●そうですね。ただ一方で、私は科学者でもあるので、常に科学的なエビデンスを頭の中に入れてしまっていて、それがマインドブロックの一つの要因になっていると感じることもあります。エビデンスが最も大事だと思ってしまうと、どうしてもその枠を超えようとしなくなるんですよ。でも日体大の学生などを見ていると、エビデンスがどうとか関係なく、とにかくストイックに自分の限界に取り組んでいる。そういう「知らないことの強さ」もあると思います。なので、情報を知って変に頭を固めないように気を付けています。

石井氏
●最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

岡田氏
●今は情報がたくさんあるので、親御さんがいい情報をキャッチして、それをお子さんとの生活の中で実践してくれれば、自然と子供たちに良い習慣が身に付き、生涯にわたって健康に過ごせるようになるのではないでしょうか。自分の子供がもっと伸びるかもしれないのに、伸びきらないで終わってしまうのは悲しいですよね。ですから、親が生活に強く関与できる幼少期のうちに、運動、そして食事や睡眠に関する習慣を作ってあげたほうがいい。そうすれば、小学生、中学生と自立していく過程でも、きちんと自分で実践できるようになるのではないかと思います。

(聞き手/LOCON株式会社代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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