
「歩く」という最も日常的な動作を極限まで磨き上げる競技、「競歩」。岡田 久美子さんは、そんな競歩の世界で、長年日本代表として活躍し続けてきました。高校2年で日本一となり、その後は3大会連続でオリンピックに出場。まさに日本女子競歩の歴史を切り拓いてきた岡田さんですが、華々しい実績の裏では、体重管理やメンタルの揺らぎなどさまざまな悩みを抱えていたといいます。そんな岡田さんに、選手時代の苦悩やご両親のサポート、長く競技を続けられた理由、そして子どもたちへの思いなどを聞きました。
競歩元日本代表 岡田 久美子さん
埼玉県出身。競歩女子元日本代表。女子20km競歩元日本記録保持者。高校時代に競歩と出会い、日本女子競歩界のトップ選手として長年活躍。競技人生では、フォームの精度と粘り強いレース運びを武器に、34歳で現役を引退するまで長く世界の舞台で挑戦を続けてきた。リオデジャネイロ、東京、パリの3大会でオリンピックに出場。2019年ドーハ世界陸上では女子20km競歩6位入賞。日本選手権20km競歩では6連覇を達成。現在は、自身の経験をもとに、スポーツの価値や挑戦することの大切さを伝える活動にも取り組んでいる。
両極端なスタンスで応援してくれた両親
石井氏
―子どもの頃からもともと走るのが好きだったのですか?
岡田氏:はい、小学生のころから走るのは好きでした。特に陸上クラブに入ったり、トレーニングをしたりしていたわけではないのですが、5歳上に、運動神経が良くて何でもこなせる姉がいて。その姉を見て、一生懸命追いかけて真似をしていたという話は、母からよく聞きます。通っていた小学校の校内マラソンで1位になったり、市内の大会で優勝したことなどもあり、中学に上がるときに「うちの陸上部に来ませんか?」と声を掛けてもらいました。
生後半年頃に撮影された貴重な一枚
石井氏
―ご両親は、陸上をやるうえでどのようにサポートしてくれましたか?
岡田氏:サポートの仕方は、父と母でだいぶ違いましたね(笑)。母は熱血タイプで、声掛けもちょっと厳しいというか、「しっかりやりなさい!」と鼓舞するような感じでした。試合前日には、私と一緒になって母まで緊張したりして。「一緒に試合に向かっている」という感覚がありました。ご飯も、栄養面などに気をつけていろいろと考えながら作ってくれましたね。逆に父は、何も言わずに温かく見守ってくれるタイプ。それぞれ両極端といってもいいぐらい、全く違うスタンスで応援してくれていました。
石井氏
―そのバランスが良かったのかもしれませんね。
岡田氏:そうですね。自分自身が精いっぱい頑張っているときに、「もっと頑張れ」って言われると苦しくなってしまうこともあるじゃないですか。そういうときには、父のところに行くんです。すると、父は「まぁ、楽しくやればいいよ~」と言ってくれる。それで落ち着ける部分もあったので、すごく良かったと思います。両親のその役割分担は、最後まで変わりませんでしたね。
心と体のバランスに苦しんだ大学時代
石井氏
―競歩を始めたのはいつからですか?
岡田氏:高校1年のときです。最初はやっぱり違和感があって、なかなかうまくいかなかったり、体が痛くなったりしたのですが、そのうちにどんどんタイムが早くなっていって。一年後、高校2年のときに日本一になることができました。環境にも恵まれていたし、自分の感覚と競歩という競技がすんなりマッチしたのだと思います。高校3年間は、試合に出れば出るほど記録が伸びて、楽しくて仕方ないという感じでしたね。その後、大学に入ってから初めて大きな壁にぶつかってしまったのですが……。
石井氏
―競技を始めて1年で日本一とはすごいですね! 大学時代の壁というのは、どんな壁だったのでしょうか?
岡田氏:実は、高校時代は厳しい体重制限のせいで、3年間ずっと月経が止まっていたんです。これはまずいということで、大学に入ってからは食事量を増やし、体重を増やすようにしました。しばらくして月経が再開。それ自体は良かったのですが、同時に急激に脂肪がつくようになって。急ピッチで変化していく体に、自分自身がついて行けなくなってしまったんです。頭では分かっていても、実際に体重がどんどん増えていくのを見ると焦ってしまい、メンタル的にも追い込まれて練習すらできない状況に。体が成長して行く段階で当たり前の現象なのに、なかなか受け入れることができなかったんですよね。しっかり食べてほしいと願う母とぶつかって、お互いに泣きながら言い合ったこともありました。
石井氏
―どうやってその壁を乗り越えて行ったのですか?
岡田氏:両親と大学の監督も含めて話し合い、大学4年間はじっくり体を作る期間にしようと決めました。そして、社会人になってからプロとして体をしっかり絞っていけばいいと。そう決めてからメンタル面も落ち着いて行きました。焦りがあると何事もうまくいかないので、このとき皆で共通の意識を持てたことはすごく大きかったと思います。結果的には、大学1年から4年まで、インカレ4連覇を達成することができました。心と体のバランスはギリギリでしたが、一年のうちインカレだけに集中してコンディションを合わせていった感じでしたね。
学生時代の岡田さん
心のリフレッシュを経て3大会連続五輪へ
石井氏
―大学では、高校3年間とはまた違う過ごし方をされたのですね。
岡田氏:そうですね。高校3年間は本当に陸上漬けだったので、大学ではもう少しキャンパスライフも楽しもうと。仲間たちとも遊んだりして、大切な時間を過ごしました。心のリフレッシュというか、私にとってはそんな時期だったと思います。知らない人から見ると、ただ遊んでいたように見えるかもしれませんが、私にとっては本当に大事な4年間でした。今振り返っても、この4年間があったからこそ、34歳まで長く現役を続けることができたと思っています。
石井氏
―大学を卒業後、実業団での競技生活がスタートしました。社会人になってからはいかがでしたか?
岡田氏:2014年にビックカメラへ入社し、翌2015年には世界選手権に出場しました。そこで初めてシニアの日本代表に選ばれたんです。ジュニア時代にも代表経験はありましたが、やはりジュニアとシニアではまったく違う。シニアの舞台で日本代表になるというのは、自分にとって大きな意味のあることでした。そして、「次はオリンピックだ」という空気が高まる中で、会社の皆さんもさらに気合いを入れてサポートしてくださって。社会人2年目で世界陸上北京大会に出場したときには、会社が応援ツアーを組んでくれて、従業員の方が20人ほど現地まで応援に来てくださったんです。本当に会社の皆さんに支えられていることを実感しましたね。
石井氏
―その翌年のリオデジャネイロを皮切りに、東京、パリと3大会連続でオリンピックに出場されました。ご自身にとって特に思い出深い大会はありますか?
岡田氏:最後のオリンピックという思いで臨んだパリ大会は、特に印象に残っています。母からは、相変わらず「調子はどう?」「足は痛くない?」などと定期的に電話が来ていました。一方、父はなるべく私にプレッシャーをかけないようにしてくれていたのだと思います。「俺は観光に行くんだ」という感じで、ルーブル美術館を予約したり、観光のスケジュールを立てたりしていて。その中に一日だけ、私の応援が入っているんです(笑)。今思えば、「観光のついでに見に行くよ」という空気感をあえて作ってくれていたのでしょうね。
自然な全身運動”が身体能力を育てる
石井氏
―34歳まで長く現役生活を続けられた秘訣は何だと思いますか?
岡田氏:メンタル面では、「自分は決して強い人間ではない」と思い続けていました。まずは自分の弱さを認めること。そこから全ては始まるのだと思います。また、体の面でも、骨格や筋肉の質など、海外の選手と比べて足りない部分があると常に感じていました。土台となる体が整っていなければ、どれだけ良い練習メニューを組んでも身につかない。なので、解剖学の先生やトレーナー、栄養士さんたちと連携しながら、自分の体と徹底的に向き合いました。周囲に何を言われても、「自分にはこれが必要だ」と感じたことは信念を持って続けてきましたし、その積み重ねが長く競技を続けられた理由なのかなと思います。
現役最後のレースとなった東京世界陸上にて
(提供元:アフロスポーツ)
石井氏
―体づくりにおいて、幼少期からできるおすすめのトレーニングなどはありますか?
岡田氏:まずは、体の成長に合わせた、自然な運動に取り組んでみてほしいです。例えば、マシンを使って筋トレをするよりは、公園でうんていやのぼり棒などで遊ぶほうが良いと思います。実際に、そういった昔ながらの全身運動を通じて身体能力が向上するというデータもあるんです。幼少期は、人間が本来持っている力を最大限に発揮できる体づくりの土台となる大切な時期。今はさまざまな情報が溢れている時代ですが、まずは自然に触れながら、外で夢中になって遊ぶことを大事にしてほしい。特におすすめなのは、うんていです。うんていをすると、肩甲骨まわりや肩まわりの可動域が広がり、体の動かし方の幅も大きくなります。そうして上半身の動きが良くなることで、結果的に足も前へ進みやすくなるんです。
石井氏
―これからスポーツ、特に陸上にチャレンジされる子どもたちや親御さんたちへメッセージをお願いします。
岡田氏:私個人しては、幼少期から競歩だけに取り組んでほしい、という思いはそれほど強くありません。むしろ、小さい頃はいろいろな運動に触れながら、自分が「楽しい」と思えることや、好きな体の動かし方をたくさん経験してほしいです。そのうえで、中学や高校くらいになってから競歩にチャレンジしてみると、「意外と自分に合っているかも」と感じる子も多い。実際、競歩は一度自分にマッチすると、驚くほど才能を発揮できる可能性がある競技なんです。だからこそ、自分の新しい才能を見つける一つのきっかけとして、ぜひ競歩にもチャレンジしてもらえたらうれしいですね。
(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)





