会報誌

子どもたちに“自信”と“選択肢”を ~渡辺 美知太郎市長が描く、AI時代の教育と未来~

「子どもには、自分らしく成長し、将来の可能性を大きく広げてほしい。」そう願う親御さんは多いのではないでしょうか。そのためには家庭だけでなく、地域や行政が一体となって子どもたちを支えることが大切です。栃木県北部に位置する那須塩原市では、近年、「教育による地方創生」を積極的に進め、子育て世代が安心して暮らせる環境づくりに力を注いでいます。今回はそんな那須塩原市の渡辺 美知太郎市長に、那須塩原市が目指す教育環境や、ご自身の幼少期からお子さんとの向き合い方まで幅広くお話を伺いました。

栃木県那須塩原市長 渡辺 美知太郎さん

渡辺 美知太郎氏 プロフィール

1982年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。会社員、衆議院議員秘書を経て、2013年に参議院議員に初当選。総務委員会理事や財務大臣政務官などを歴任し、2019年4月に那須塩原市長に就任。2023年には再選を果たし、現在2期目。環境政策や移住・定住促進、子育て支援、那須塩原駅周辺整備などを重点施策として、市の持続的な発展と魅力向上に取り組んでいる。那須野ヶ原土地改良区連合理事長、那須疏水土地改良区理事長も務める。

自信をくれた柔道と音楽との出会い

石井氏
―幼少期はどのようなお子さんでしたか?

渡辺氏:子どもの頃は、運動があまり得意ではなくて、どちらかというと内向的な性格でした。小学校では美術部に入っていて、誰ともしゃべらずに黙々と絵を描き続けていましたね。決して上手いわけではなかったのですが、そういうクリエイティブなことで時間をつぶすのが好きだったです。今思うと、集団で行動することを煩わしく感じていた時期でもありました。当時は自分の意思や感情というものがあまりなくて、本当にぼーっとした子どもだったと思います(笑)。

幼少期の渡辺市長(中央)と弟さんたち

石井氏
―ご自身では「ぼーっとした子どもだった」とのことですが、自分の意思や感情が芽生え始めたのはいつごろでしたか?

渡辺氏:高校生ぐらいですかね。中学で柔道を始めてから、だんだん体も大きくなり、力も強くなってきて。そうした身体的な成長というのも、私にとっては自信を持つために大事な要素の一つだったのかもしれません。あとは、高校時代に歴史や国語などの得意科目ができて、勉強でも自分なりの強みを発揮できるようになったのが大きかった。やっぱり人は、自信がつくと変わるものだなと思います。

石井氏
―柔道で心身を鍛えたことが一つの転機になったのかもしれませんね。

渡辺氏:そうかもしれません。それから、もう一つ大きな転機になったのが音楽です。高校でもはじめは柔道部に所属していたのですが、ある日、顧問の先生から「お前たちは何をしに学校へ来ているんだ。柔道をしに来ているんだろう」と言われて。その言葉に強い違和感を覚えたんです。それで柔道部を辞め、オーケストラ部に入りました。オーケストラの、みんなで音を合わせて一つのものを作り上げる過程がとても楽しくて、すぐに夢中になりました。これは、今の行政の仕事にも通じるところがあると思います。一人ひとりがそれぞれの役割を担いながら、同じ目標に向かって力を合わせる。そういう総力戦が、私は結構好きなんです。

アートとの出会いが育んだまちづくりへの関心

石井氏
―子ご両親から政治家になれと言われたことはなかったのですか?

渡辺氏:小学生のころは成績があまり良くなかったので、顔を合わせるたびに勉強のことをうるさく言われていました。特に母はすごく教育熱心で、ときには厳しく叱られることもありましたが、基本的には自由に育ててもらったと思います。ですから、親から直接何かを教わったというよりは、学校の先生や部活などの組織の中で育ててもらったという感覚が強いですね。

石井氏
―ご両親から政治家になれと言われたことはなかったのですか?

渡辺氏:それは一度もありませんでした。むしろ、母はずっと「医者になりなさい」と言っていたぐらいでしたから。私が政治に興味を持ったきっかけは大学時代です。大学では美術史を専攻していたので、さまざまな美術館を訪れる機会がありました。その中で、アートを活用したまちづくりの事例を見て、「面白いな」と感じたのです。当時は、東京都知事だった石原 慎太郎氏が若手芸術家を支援する「トーキョーワンダーサイト」などの取り組みを進めていたころで、私も首長の立場になったらアート祭などをやってみたいなと思うようになりました。

石井氏
―なぜ、那須塩原市の市長を目指されたのですか?

渡辺氏:私自身は東京生まれですが、祖父や伯父が那須地域を基盤として政治活動を行っていましたから、私も子どものころからこの地域に強い思い入れがあったのです。那須地域の魅力をよく知っている一方、「もっと良くできるのに」と感じることもたくさんありました。私は、すでにでき上がっているものを管理するより、新しいものを生み出すことのほうが好きなので、東京のような完成された街のマネジメントにはあまり興味がわかなくて。その点那須塩原市は、ある程度洗練されていながらまだまだ多くの可能性を秘めている。そのバランスが絶妙でとても魅力的だと思っています。

子どもたちの選択肢を広げる教育を

石井氏
―那須塩原市の子どもたちにとって、どのような環境を作っていきたいですか?

渡辺氏:まずは、子どもたちの選択肢をもっと増やしたいですね。私自身、市長になったときに強く感じたのですが、東京にいた頃は当たり前のように入ってきていた情報が、地方ではなかなか入ってこない。だからこそ、自分で新聞を読んだり、オンラインセミナーを受講したりして、意識的に情報を取りに行っていました。コロナ禍以降は、未来の技術やサービスを実証する官民連携プロジェクト「ナスコンバレー」のような取り組みも始まって、以前よりも格段に情報が入ってくるようになりました。それでも、東京などと比べると、得られる情報の量や選択肢はまだまだ少ない。もっと多くの情報に触れて世界を知ることができれば、子ども達もより大きく羽ばたけると思うのです。

石井氏
―教育の面では、どのような施策を進めていらっしゃいますか?

渡辺氏:那須塩原には、東京にはない魅力もたくさんあります。だからこそ、その良さを生かしながら教育のバリエーションを増やしたいと思っています。一例として、今年から台湾のインターナショナルスクール「Ivy Collegiate Academy(アイビー・カレッジエイト・アカデミー)」と連携し、市内の小学生から高校生を対象とした「夏季短期留学支援事業」を開始しました。初回となる今年は募集定員を大きく上回る応募があり、子どもたちや保護者の皆さんの国際教育への関心の高さを実感しました。これからも、那須から世界へと視野を広げられる環境を作っていきたいです。

夏季短期留学支援事業の覚書締結式にて

石井氏
―教育の現場でもAIの活用が進む中、これからの子どもたちはAIとどのように向き合っていくべきだと思いますか?

渡辺氏:子どもたちの発表などを聞いていて感じるのは、生成AIを十分に活用できていない子どもたちが意外と多いということです。例えば、情報を調べてまとめるところまでで終わってしまうケースが多い。一方で素晴らしい発表をする生徒もいて、そうした子どもたちは生成AIを単に情報を調べる道具としてではなく、アイデアを整理したり、自分の考えを深めたりするための“壁打ち相手”として活用しています。もちろん、原稿を丸ごとAIに作らせるなどというのは論外です。しかし、「AIは使ってはいけないもの」というイメージだけが先行して思考が止まると、何十年も前と同じような発表スタイルから抜け出せなくなってしまいます。それではもったいないので、これからは、AIをメンターのような存在として積極的に活用していくことが大切だと思います。

「生まれてきてくれてありがとう」を伝え続ける

石井氏
―ご自身も一児の父として子育て中でいらっしゃいますが、日々どのようなことを意識していますか?

渡辺氏:やっぱり一番は、自信をつけてあげたいということですね。娘は今10歳ですが、体を動かすことが好きなので、スキーや柔道、相撲など、いろいろなことに挑戦しています。何でもいいと思うんです。本人が夢中になれるものを早く見つけてあげたいなと。「見つけてあげたい」というと上から目線になってしまいますけど、やりたいことは極力やらせてあげたい。今は大学の入試制度も変わり、学力だけでなく、その人ならではの経験や強みが評価される時代です。だからこそ、勉強でもスポーツでも芸術でも、何か一つ夢中になれるものを持つことがますます大切になってくると思います。

石井氏
―ほかに、子育てをするうえで大切にしていることはありますか?

渡辺氏:「生まれてきてくれてありがとう」という感謝の言葉は、できるだけ伝えるようにしています。世の中には、つい自分を否定するような言葉を口にしてしまう人もいますが、私はその反対の言葉を子どもに届けたい。あなたがいてくれることがうれしい、あなたは大切な存在なんだということを、これからも伝え続けていきたいですね。

石井氏
―とても素敵なことだと思います。そうやって感謝の気持ちを伝え続けていたら、とても良い親子関係が築けそうですね。

渡辺氏:娘は私とは違って、小さい頃から自分の考えをはっきり伝えることができるんです。例えば、私が英語の勉強ばかりしていて娘とのコミュニケーションが足りなかったときは、「パパが私の方を見てくれないとさみしくなるからやめてほしい」とか。私が子どもの頃は、親に意見を言うという発想自体がありませんでした。だから、親と対等に向き合いながら自分の気持ちを言葉にできる娘を見ていると、本当にすごいなと思います。ときには親子喧嘩をすることもありますが、そんなときは娘のほうから「ごめんね」と謝ってくれることも多いんです。そうすると、こちらも「いや、パパも悪かったよ」と素直に言える。そうした関係を築けていることは、とてもありがたいですね。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)