会報誌

情熱の原点は恩師の言葉「さとちゃん、愛だよ!」 フェンシングコーチ 小林さと子氏インタビュー

中世ヨーロッパの騎士道を源流に持つスポーツ、「フェンシング」。東京2020オリンピックでは、日本代表チームが男子エペ団体で金メダルを取ったことでも大きな話題となりました。対戦相手や審判に最大の敬意を払う点などが日本の武道に通じるところがあるとも言われ、礼儀作法の基本が学べることから、子どもの習い事として注目する親御さんも少しずつ増えているのだとか。今回は、自身も中学・高校時代に選手として活躍し、指導者としても20年以上のキャリアを持つ小林さと子氏に、指導する上で大切にしていることや子育てとの共通点などについてお話を伺いました。

小林さと子氏 プロフィール

昭和31年、東京都生まれ。中学・高校時代に国民体育大会で優勝するなど選手として活躍。国体優勝後、怪我が重なりフェンシングを続けることを断念。昭和53 年3 月、慶應義塾大学文学部教育学科卒業。大学卒業後も結婚・子育てなどでしばらく競技を離れたものの、2000年から指導者としてフェンシング界へ復帰。慶應義塾普通部および慶應義塾高等学校の監督、慶應義塾大学のコーチなどを歴任。現在は、主に慶應義塾高等学校のコーチとして指導に従事している。

一人一人の「人となり」や「生き様」を理解する

石井氏
―ご自身も選手として活躍され、指導者としても「インターハイ出場」「大学一部復帰」「オリンピック選手輩出」など数々の目標を達成されてきました。その情熱の原点は何でしょうか?

小林氏:結局は「愚直」の一言に尽きると思います。私は昔から不器用で、運動も勉強も決してできるほうではない。子どものころは、とにかく自分は何にもできないと思っていました。だけど、負けん気だけは強くて(笑)。どんなときでも、気が付いたら誰よりも一生懸命やっている。そんなふうにして生きてきました。私がコーチになったとき、小学校時代にお世話になった担任の先生が「さとちゃん、愛だよ!」という言葉を掛けてくださったんです。愛というと抽象的で、もしかしたら安っぽく聞こえるかもしれませんが、とどまるところは全て愛だなと思っています。自分に対しても、家族や部員に対しても、誠実であること。そして、一生懸命であること。口で言うのは簡単ですが、実は本当に真剣にやらないとできないことです。この恩師の言葉が、私のコーチとしての根本的な考え方になっています。


国民体育大会で優勝した際の小林氏

石井氏
―指導者として、一番大切にしていらっしゃるのはどんなことですか?

小林氏:部員が10人いたら、一人一人の性格や人となり、環境や生き様みたいなものをまず見るようにしています。それが分かっていると、「あぁ、この子はこういうバックグラウンドがあるからこういうことを言うんだな」ということが理解できますよね。その子の特性をよく見て、得意なところを見つけることが、チーム作りの成功のカギになります。ある年のチームは、キャプテンが不器用な子で、反対にマネージャーは何でもよく気が付く子でした。キャプテンも、彼なりに一生懸命やっているんだけれども、どうにもうまくいかない。マネージャーは事あるごとに「キャプテンがやるべきことなのに、なぜやらないんだ」と不満を募らせていました。そこで私は「立場にこだわりすぎずに、できる人が気付いたときにやればいいんじゃない?」と言ったんです。そうしたら、マネージャーも生き生きし始めて、チームがすごくうまく回るようになりました。キャプテンも、自分の代わりにやってくれる仲間に対して素直に感謝できる子だったので、それぞれが良い形で動いてくれて、チームの雰囲気もどんどん良くなっていきました。

石井氏
―一人一人の特性に気づいて、良いところを伸ばすことを大事にされているのですね。

小林氏:はい。自分自身もそうですし、部員もそうですけれども、苦手なことやできないことは山ほどあるわけで、そこを見てしまうときりがない。子育ても同じだと思うのですが、親はどうしても、子どものできないことやだめなところばかりを見てしまいがちです。でも、いいところを見ていると、どんどんその子が素敵に見えてくる。だから、私はみんなの前でその子のいいところをとにかく褒めます。おべんちゃらやお世辞は全く通用しませんが、本人が自分でもいいなと思っているところを見つけて褒めてあげると、すごくうれしそうな顔をするし、自信がつくことでその長所がどんどん伸びていきます。そうすると不思議なことに、苦手なところも引っ張られて、少しずつできるようになっていったりするんですよね。

部員たちの人柄の良さが一番の自慢

石井氏
―一方で、ときには厳しいことを言わなければいけない場合もあると思います。そんなときにはどうされていますか?

小林氏:まず「あなたの人間性を否定しているわけではないのよ」ということ、そして「私はあなたが好きだ」という想いを伝えるようにしています。自分のことを好きと言われると、はじめはうざいと思うかもしれないけれど(笑)、結局嫌な気はしないんですよね。その上で、「これはやらなきゃいけないことだから、やりたくないかもしれないけどやってね」ということを丁寧に話します。こちらが何か言ったときに、相手がやってくれないのにはいろいろな理由があると思うんです。そもそも私の言うことが理解できていない場合もあれば、理解はしているけれど、私の言い方が悪くて「ふん」と思っている場合もあるでしょう。なぜその子がやってくれないのか、こちらはよく見極めなければいけません。それは幼い子どもであっても高校生であっても同じです。

石井氏
―特に小さい子の場合は、親の言うことをなかなか聞いてくれないこともありますよね。

小林氏:そうですね。私も二人の子どもを育てた経験がありますが、どう言っても聞いてくれないときは、少し時間を置くようにしていました。例えば、やらなければいけない宿題があるのに、いくら言っても子どもが全然その気にならない。親はだんだんイライラしてきて、「早くやりなさいよ!」と怒鳴ってしまったりして。そんな悪循環に陥ってしまったときは、おやつを食べてちょっと気分を変えたり、空気を変えるようにしていました。悪い方に煮詰まり出すと、お互いにとって良くないですからね。フェンシングの試合でも、流れを変えるために靴ひもを直したり、汗を拭いたりすることがあります。それと同じように、はまってしまったところから抜け出すための、小さなきっかけを作れるといいと思います。

石井氏
―ご自身が指導した部員たちには、どんな人になってほしいですか?

小林氏:私はいつも、「あなたたちに幸せになってもらいたいから私はここにいるんだよ」という話をしつこいぐらいにしています。もしかしたら部員たちは「そんなことよりもっとフェンシングの話をしてくれよ」と思っているかもしれませんが(笑)。でも卒業生を見ていると、みんな私の思いをしっかり感じてくれているようです。大学進学後、オリンピック選手や日本代表を目指してフェンシングを続ける子もいれば、他にやりたいことを見つけてそちらの道に進んでいく子もいます。だけど、フェンシングが嫌いでやめてしまう子はいないんですよね。大学でフェンシングを続けなかった子も、勉強や資格、留学などの夢に向かって頑張ったり、バイト先のリーダーになって活躍していたりする。全員が全員そうなので、本当にうれしく思っています。おかげさまで、うちの部員は本当にみんな人柄がいいんです。これは私の一番の自慢です。


試合会場にて部員たちと

「無理なポジティブさ」より「自然な前向きさ」

石井氏
―大切なのは、やはり何事にもポジティブに取り組むことでしょうか?

小林氏:うーん、世の中ではポジティブがいいとされていますが、実はポジティブには無理があることもあって、本来は自然体でいるのが一番なんですよね。もちろん、前向きであることは大事なのですが、自分ができないことを無理にやろうとすると続かないですし。ですから、負荷が大きすぎず、無理せず続けられるようなことを見つけて、それを継続していくというのがポイントだと思います。例えば、私は毎日必ず腕立てを10回やるようにしています。はじめは1日50回にしていたのですが、思ったより筋肉が付きすぎてしまったのと、やっぱり50回だとちょっと辛くて(笑)。部員にも声を掛けたら、何人か一緒にやりたいと言ってくれる子がいたので、みんなで「腕立て仲間」として頑張っています。たった10回でも、毎日続けると達成感があって、だんだん自分に自信がついてくるんですよね。

石井氏
―自分もやればできるんだと思えるような、自然な前向きさが大事なのですね。

小林氏:そうですね。多分これは子育てでも一緒で、親はどうしても「這えば立て、立てば歩け」というように、次々に先のことを望んでしまいます。でも、小さいお子さんなら、親やコーチが少し頑張れば達成できそうな簡単な課題を与えてあげる。中学生以上なら「自分で考えて」それに挑戦してみることが大切です。何かができると自信になって、それがうれしくてまたやってみようと頑張れる。その繰り返しが本人の幸せにもつながるのだと思います。

石井氏
―お話を伺っていて、前向きに自分にできることを愚直にやり続けることが、幸せな人生の第一歩になるのではないかと感じました。

小林氏:誰かに言われたからやるとか、相手にされたことに対して受け身で何かするのではなく、自分で決めたことなら楽しく続けられる。そうやって自分が主体になれるかどうかが大事な気がします。私、「心が元気なら元気」だと思っているんです。私の父は腎臓が悪くて、週に3回透析をしていたのですが、そんなときでも「心が元気なら元気なんだ!」「エイエイオー!」と言っているような人でした。そんな父の背中を見て、老いや病気から逃れることはできないけれど、心だけは自分次第でどうにでもなるのだと学びました。私もずいぶん年を取りましたけど、心はいつまでも若く、これからも後輩たちと共に成長していきたいと思っています。


「心は自分次第でいつまでも若くいられる」と語る小林氏
(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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