会報誌

失敗は“成長”のもと! 挫折と挑戦のサイクルが子どもを強くする ~全日本空手道連盟会長 笹川 善弘氏インタビュー~

東京オリンピックで正式種目として採用され、一躍世界から注目を集めた日本発祥の武道・空手道。稽古を通じてあいさつや礼儀、相手を思いやる心などが身に付くことから、子どもの心と体をバランスよく育てる習い事としても人気を集めています。今回は、今年6月に38歳の若さで全日本空手道連盟(全空連)の会長に就任した笹川 善弘さんに、ご自身の子ども時代や空手の魅力、子育て世代へのメッセージなどを語っていただきました。

全日本空手道連盟会長 笹川 善弘さん

笹川 善弘氏 プロフィール

東京都出身。10歳から米国で過ごし、コロンビア大学大学院を卒業後、慶應義塾大学院経営管理研究科修士課程修了。2014年より全空連理事を務め、メディア広報委員やオリンピック対策本部副本部長などを歴任。2018年から副会長(広報・国際担当)として、会員普及戦略や広報戦略、YouTube配信強化、競技大会の「見せ方改革」等のプロジェクトを主導。2025年6月に会長就任。伝統武道としての空手道の価値を守りつつ、空手界の未来を見据えた組織改革やグローバル展開を推進している。

経験ゼロだからこそ見えた空手の可能性

石井氏
―笹川さんご自身も子どもの頃から空手をされていたのですか?

笹川氏:いえ、実は私は空手の経験は一切ないんです。子どもの頃はアメリカで過ごしていて、陸上・野球・サッカーに熱中していました。陸上は、100メートル走とリレーでジュニアオリンピックに出場し、リレーで金メダルを獲りました。ただ、個人種目の100メートルではビリになってしまって。そのときに隣のレーンを見たら、全員アフリカ系アメリカ人だった。すごく悔しい反面、努力だけではどうにもならない限界を感じてしまい、陸上はその日に辞めました。野球は、州の大会で毎年ベスト4に入るほどの強豪チームでセンターとして頑張っていましたが、肘を怪我してしまい挫折。それからはサッカーに専念し、サッカーは高校最後までやりきりました。

石井氏
―3つの競技をやっていて、空手には全く接して来なかったということですが、空手に出会ったきっかけは何だったのでしょうか?

笹川氏:そもそもは、空手の国際大会に通訳として帯同したことがきっかけでした。そこで初めて空手の試合を見たのですが、正直言ってよくわからなかったんです。「何でこっちの選手が勝ったの?」とか「何で今ポイントが入ったの?」とか。例えばサッカーなら、ボールがゴールに入れば1点、という誰が見てもわかるルールがありますよね。でも、空手は初めて見る人にはわかりにくいなと感じました。ただ、同じ大会で団体形の演武を見たとき、「これはかっこいい!」と衝撃を受けて。見せ方を少し変えるだけで、もっとファンが増えるだろうなと思いました。この「見せる空手」を目指そうという意識は、今の仕事や改革にもつながっています。

親もコートサイドへ 改革が生んだ新しい応援

石井氏
―今年6月に会長に就任されて、副会長のころと何か変わりましたか?

笹川氏:副会長のときは担当があって、自分が担うべき守備範囲がありましたが、会長になるとその守備範囲を超えて全てを見ることになります。見えてくる光景も変わったし、これまで勉強不足だった部分を勉強しつつ進めています。もともと空手にどっぷりつかっていたわけではない分、いろいろなことが新しい視点で見ることができるのも私の強みだと感じています。今まで当たり前だったことに対しても、「これはなぜこうなっているの?」と一つ一つ問い掛けながら、改革に取り組んでいるところです。

石井氏
―小学生の全国大会である「全日本少年少女空手道選手権大会(全少大会)」でも、さまざまな改革をされたと伺いました。

笹川氏:はい。例えば、今年の全少大会から「パーソナルコーチ制度」という新たな制度を取り入れました。もともと空手の試合では、コートサイドには選手と監督しか入れなかったんです。しかし、まだ小学生である選手たちにとって、またその保護者の方にとって、初めて訪れる会場で選手自身がスケジュールを管理し行動しなくてはいけないことは大きな不安であり、改善を求める声を多くいただいていました。そこで、「パーソナルコーチ」を登録制の資格として新設し、コートサイドでのルールを理解してくれた方の競技エリアへの立ち入りを許可することにしたのです。

石井氏
―実際に新たな制度を導入してみて、反響はいかがでしたか?

笹川氏:そ大変好評をいただきました。試合が終わると真っ先に子どもに声を掛けてあげられるということで、保護者の方からは「良かった」という声しか聞かないですね。私たちとしても、まだ小さい子どもたちに保護者が付き添って行動してくれることで、スムーズに大会を運営できるようになり、いいことだらけでした。

全少大会で選手にメダルをかける笹川氏

空手に息づく勝負より大切な日本の礼節

石井氏
―空手には競技性だけでなく、美しさや潔さといった文化も根付いているように感じます。そのあたりは、空手にとってやはり大切な要素なのでしょうか?

笹川氏:はい、大事ですね。空手って、ただ勝ち負けを競うだけではなくて、相手を重んじる気持ちや礼儀をとても大切にするんです。試合の前後に必ず礼をするのですが、それができなければ、試合に負けることもあるぐらいです。礼も含めて「空手の一部」なんですよ。小さい頃から空手を習っていると、自然とそういう作法が身につくんですよね。例えば、大きな声でしっかり返事ができる。そして、礼がきれい。これは社会に出てからも通用する、基本中の基本ではないでしょうか。そういう意味で、子どもを道場に通わせることには大きなメリットがあると思っています。

石井氏
―笹川さんは海外経験も豊富ですよね。海外と日本の「礼節」には違いがあると思いますが、日本の良さはどんなところに感じますか?

笹川氏:あいさつ一つとっても、海外は、形式的にやっていることが多い気がします。でも、それだけだと雰囲気が出ないんですよね。日本の場合は、相手のことを本当にリスペクトしているという気持ちがこもっているから、その空気が伝わる。例えば空手でも、試合前の礼には、「よろしくお願いします」「ぜひ見てください」という念を込めてやっているのがわかるんですよ。言葉にはしづらいですが、そういう「トーン」みたいなものが、日本の礼節にはあると思います。

石井氏
―多くの空手道場では、年に何回か昇級・昇段審査があり、級が上がるごとに新しい色の帯がもらえるそうですね。目に見える形で成長していけるのも、教育的でいいなと感じました。

笹川氏:そうですね。帯の色が変わることで、「自分は成長しているんだ」と実感できるし、それが嬉しくて続けるモチベーションにもなります。黒帯になるという目標を立てて、それに向かって努力し、達成する。まさに成長のプロセスそのものですよね。また、それぞれの道場が行っている昇級・昇段審査とは別に、全空連としても公認の昇段審査を定期的に実施しています。各道場と全空連の昇段審査の違いは、英語で言うとTOEFLとTOEICのような感じです。どちらも英語力を測るテストだけど、少し性質が違う。ただ、全空連は世界空手連盟に所属し、日本オリンピック委員会、日本スポーツ協会、文部科学省が認める国内唯一の空手道統括団体なので、オフィシャル感があるんですよね。だから、空手をやっている人はどちらも目指すことが多いと思います。

空手界の未来を見据えてグローバルに活動する笹川さん

失敗と挑戦のサイクルをサポートすることが大事

石井氏
―子どもたちが成長するために必要なこと、そして親にできることは何だと思いますか?

笹川氏:とにかく、子どもたちにはいっぱい失敗してほしい。そして、親にはその失敗を叱るのではなく、一緒に向き合ってほしいです。なぜそうなったのかを考えて、次の目標を設定する。そして、また新たな目標に向かって挑戦していく。そのサイクルを繰り返すためのサポートをしてあげることが大事だと思います。よく「失敗は成功のもと」と言いますが、私は「失敗は”成長”のもと」だと思っているんです。自分の目標が達成できたら、それはそれでうれしいですけど、それよりも挫折から学ぶことのほうが大きいじゃないですか。私自身も、これまでたくさん失敗してきたからこそ、今の自分があるのだと思っています。

石井氏
―子どものうちからそういうサイクルが回せれば、大きな成長につながりますよね。

笹川氏:はい。今年の全少大会の会場で、ある場面が印象に残っていて。子どもが負けて泣いていたんですけど、親御さんが「いや、ここに立てるだけでもすごいことなんだよ」と声を掛けていて。まさにその通りですよね。全国大会に出ることを目標に頑張ってきて、そこまでは達成することができた。でもたぶん、本人が望んだ結果までは届かなかったから泣いている。その悔しさが次の目標を生むわけです。また来年この舞台に立とう、今度は一つでも多く勝てるように頑張ろうと。その積み重ねが、本当の意味での成長につながるのだと思います。

石井氏
―最後に、夢に向かって頑張っている子どもたちにメッセージをお願いします。

笹川氏:何事も一生懸命没頭するのはすごく良いことだし、成長には絶対に必要な時間です。ただ、ずっと没頭し続けていると、視野が狭くなって周りが見えなくなってしまうこともある。だからこそ、時々でいいので一旦立ち止まって、自分に問い掛けてほしいのです。「なぜ自分はこの競技を頑張れているのだろう」「家族のサポートがあるからだよな」とか、「自分はどこに向かっているのかな」「他の競技と比べたらどうなんだろう」とか。そうすると、実はもっと早く成長できたり、別の道が見えてきたりすることもあるはず。ですから、ときには俯瞰した視点で、自分を見つめ直す時間を持つことをおすすめしたいですね。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)