会報誌

中学受験で育まれる「生きる力」とは? 洗足学園小学校 吉田 英也 前校長インタビュー

「中学受験」と聞くと、どのようなイメージが思い浮かぶでしょうか? 「子どもに無理やり勉強を押し付けてかわいそう」「親子の関係が悪くなりそう」など、マイナスのイメージが浮かんでくる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「全員が中学受験を経験する私立小学校」として知られる洗足学園小学校の吉田 英也 前校長は、「中学受験には、“生きる力”が身に付くなど良い面がたくさんある」と語ります。今回は、中学受験を通じて育まれる力や勉強が好きな子になるための工夫、これからの時代の小学校教育などについて、吉田氏にお話を伺いました。

吉田氏プロフィール

1955年、福島県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1979年に洗足学園中学校・高等学校の社会科教諭となり学年主任、教科主任、入試広報委員長などを歴任。2010年、洗足学園小学校の校長に就任。同小学校において、中学受験を全面的にサポートする体制を整え、家庭との連携を重要視する学校教育を実践。現在は、学校法人洗足学園理事。著書に「心を育てる中学受験」(中央公論新社)。

中学受験で身に付くのは知識だけではない

石井氏
―一般的には、中学受験というと少し特殊な世界だと感じる方が多いかもしれませんが、中学受験の良い面とはどんなところだと思いますか?

吉田氏:中学受験によって得られるものは、詰め込みの知識だけではありません。多面的な見方や考え方、粘り強く努力する姿勢などを身に付けられる点が、中学受験の良いところです。入試問題も、知識を丸暗記しただけで答えられるものではなく、自分でよく考えたり、データを読み取って答えなければいけなかったりと、課題を見出して解決する能力が試される内容になっているのです。私は、こうした能力こそ、社会に出てから本当に必要となる力、まさに「生きる力」だと思っています。

石井氏
―実際に中学受験を経験した卒業生たちは、どんなふうに感じているのでしょうか?

吉田氏:卒業してから何年か経って、大学に入学したという報告に来てくれる卒業生のほとんどは、「中学受験は大変だったけれど、自分の人生の基礎を作ってくれた」と前向きに振り返ります。中学受験というと、どうしてもマイナス面ばかりが強調されがちですが、それを乗り越えていく過程で親子の絆が深まったり、新しいことを学ぶ楽しさに気付いたり、友達の大切さを知ったりと、いい面もたくさんあることをお伝えしたいですね。

石井氏
―受験を通じてさまざまな力が培われていくのですね。そうした「生きる力」を育むために、校長時代には具体的にどんな取り組みをされていたのですか?

吉田氏:まずは、学年を越えた「たてわり活動」や学校行事などを充実させること。それから、野菜を作ったり草花を育てたりすることも大事にしていました。特に、「たてわり活動」を通じて身に付く力というのは非常に大きかったと感じています。上級生は下級生のことを思いやり、自ら「下級生のために何ができるだろうか」と考えて行動する。一方、下級生の側は、そうやってお世話をしてもらうことによって、「自分も上級生になったらああいうふうになるんだ」というモデルをそこに見出す。それが、お互いに心を育てることにもつながっていくのだと思います。

たてわり活動の一つである黒姫移動教室(登山)の様子

夏の学校でのカレー作り

仲間と切磋琢磨できる環境づくりが大事

石井氏
―中には、苦手な科目があったり、そもそも勉強が嫌いだという子もいると思いますが、勉強が好きな子になるにはどうしたらよいでしょうか?

吉田氏:やはり、勉強を「面白い」と思えるかどうかが重要ですよね。「こんなことが分かって楽しかった」という経験が積み重なれば、「もっと知りたい」「新しいことを覚えたい」と思えるようになっていきます。また、友達同士で切磋琢磨できる環境や仕掛けを整えることも大切です。例えば、洗足小学校には「筆算能力検定」という独自の検定があって、友達と競い合いながら級をクリアできるようになっています。自分一人ではなかなか頑張り切れなくても、周りの子たちも頑張っているんだと思うことでつながりが生まれ、「自分ももう少し頑張ってみようかな」という気持ちになれるようです。

石井氏
―お互いに刺激し合えるような環境を作ってあげることが大事なのですね。学校ではほかにどんな工夫をされていましたか?

吉田氏:生徒たちは、「読破ノート」といって、読んだ本の題名や感想などを記録するノートをつけています。そして100冊読み終えると、シールを一枚もらいます。シールの枚数を数えれば、一目で「あの子はもう何百冊読んだんだな」ということが分かるので、それを励みにして「自分ももっと読んでみよう」と思うようになっていく。本を読むことで、言語力や文章力が高まり、もちろん知識量も増えるので、子ども達が自ら積極的に本を読みたくなるような仕掛けづくりが大切だと思います。

石井氏
―先生方はどのようなことに気をつけて指導していらっしゃるのでしょうか?

吉田氏:なるべく生徒自身の力で取り組ませるようにしたいのですが、もちろんそれだけではなく、先生側から適切なアドバイスを与えることも大切なポイントだと思っています。「こう考えてみたら?」というヒントを投げ掛けてあげて、誘導する。このとき、自分で気が付いたと思わせることが大事です。「先生に教えてもらったからできた」ではなく、「ヒントをもらって自分でできた!」というほうが自信にもなるし、自己肯定感も高まると考えているからです。

子どものころから社会と関わる経験を

石井氏
―これからの時代に向けて、どんな子どもたちを育てていくべきだと思いますか?

吉田氏:私は、小学校時代は、社会のリーダーとしての土台を作っていく過程だと考えています。「社会のリーダー」とは、政治家や大企業の経営者たちだけではありません。人や社会のために何ができるかを考えて行動する方、そういう方はみんな「社会のリーダー」だと言えます。そのための土台を作るには、子どものうちから「自分のアクションが良い形で返ってくる」という経験をすることが大切です。例えば、募金活動をするとか、災害に遭った方たちに手紙を書いて送るとか、今自分ができる範囲のことでいいのです。「あぁ自分がやったことが少しは人のためになったのだな」と感じられれば、またやってみようと思える。こうした経験が「社会のリーダー」につながっていくのだと考えています。

石井氏
―デジタル社会の現代においては、論理的に考える力の重要性がこれまで以上に増しています。小学校での教育も、時代に合わせて変わってきているのでしょうか?

吉田氏:今や小学校でも、一人一台タブレットが配られる時代です。そのタブレットを使って、テーマに沿って自分で調べたことをみんなの前で発表する、という授業が増えてきました。先生が一方的に板書して、子ども達はそれを書き写すだけという授業は変わりつつあります。自分で能動的に調べてまとめ、発表し、それに対して質問に答えたりもする。そういった一連の作業の中で学びが深まり、論理的に考える力や説明する力が磨かれていきます。学校での授業が、そういった訓練の場になっていると感じますね。

タブレットを使った授業の様子

石井氏
―論理的思考力と並んで、これからの社会では英語力も欠かせません。小学校での英語学習については、どのようにお考えでしょうか?

吉田氏:小学校時代から英語を学ぶこと自体は、悪いことではないと思います。ただ、中学の英語学習を先取りするような内容では、英語嫌いを増やすことにつながってしまうのではないかと危惧しています。まずは母国語である日本語をしっかりと身に付け、その上で英語を身に付けていくというほうが道筋としてはいいのかなと。小学校時代にやらなければいけないのは、英語を好きにする、英語って面白いなと思わせることだと思います。

目先にとらわれず子育てのビジョンを持って

石井氏
―幼少期に親ができること、家庭で大切にすべきことはどんなことでしょうか?

吉田氏:子どもの心を育てるという意味では、学校でも家庭でも、大切にするべきことは同じです。例えば、言葉掛け一つをとっても、子どもを否定するような言葉を使ってはいけないと思います。「やっても無駄」とか「どうせできない」などのネガティブな言葉は、子どもの心の成長に決していい影響を及ぼしません。ですから、そういうことは言わないでほしいということは、校長時代にも保護者会や学校だよりなどを通じて何度も繰り返し伝えて来ました。親が諦めてしまったら終わりですからね。子どもを信じてサポートし続けることが、その子自身の「やり抜く力」を育むことにもつながると思います。

石井氏
―子育てをする上で「褒めて伸ばす」か「厳しく育てる」か、どのようなバランスが適切だと思いますか?

吉田氏:これはなかなかむずかしい質問ですね。ただ、褒めて育てるだけがいいとは思いません。やはり、道徳に反することや他の子を傷つけるような言動に対しては、厳しく注意していかなければいけないことはたしかです。また、何が何でも褒めればいいというものでもないですよね。本人が努力していないことまで褒めてしまったら、「これでいいんだ」と思って努力しない子になってしまうかもしれません。ですから、その子が本人なりに努力した部分を認めてあげて、「ここまで頑張れたからよかったね」と褒めてあげるのが良いのではないでしょうか。

石井氏
―最後に、読者である親御さんたちに向けてメッセージをお願いいたします。

吉田氏:子育てや教育についてはいろいろな情報が溢れていますが、もっとも重要なのは、両親がよく話し合い、どういう子どもに育ってほしいか、そのために親としてどんなサポートをするかという方針を決めることです。目先のことにとらわれて一生懸命になりすぎてしまい、それによって大事なことが抜け落ちてしまったり、大切なことを否定するようなことになってはいけません。そうではなく、将来どういう大人になってほしいのかというビジョンを持ってお子さんに接していっていただきたいと思います。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

pcfooter画像
pcfooter画像