会報誌

楽しく安全に! 身を守るためのスイミング 公益財団法人 東京YMCA 澤村 奈緒氏インタビュー

「体力作りになる」「健康増進のため」「水難事故を防ぐために泳げるようにしてあげたい」などのさまざまな理由から、子どもの習い事の中でも根強い人気を誇る「スイミング」。今回は、特に「水場の事故を防いで身を守る」という観点から独自のプログラムを実践している東京YMCA ウエルネス事業部 健康教育 ウエルネス御殿山 アシスタントディレクターの澤村 奈緒氏に、YMCAの理念やレッスンの様子、子ども達を指導する際に気をつけていることなどについて伺いました。

YMCAとは

YMCAは、1844年に青少年の成長を願ってロンドンで誕生した団体。現在では世界120の国と地域に広まり、約6500万人以上が活動する世界最大規模の非営利団体に。東京YMCAは1880年(明治13年)に設立され、「精神spirit」「知性mind」「身体body」の調和のとれた成長を大切にして、職業教育、語学教育、健康教育、野外教育、保育事業、国際交流活動など、幅広く事業展開している。

キリスト教の「大切な命」という考えが基盤に

石井氏
―まずは、YMCAの理念や大切にしている考え方について教えてください。

澤村氏:YMCAはYoung Men’s Christian Associationの略で、日本語では「キリスト教青年会」と訳されます。創立者ジョージ・ウィリアムズは熱心なクリスチャンで、キリストの「愛と奉仕の精神」を、YMCAの活動によって実践しようとしました。このように、キリスト教の教えを大切にしている団体なので、「神様から与えられた大切な命である」ということが考え方の中心になっています。ちなみに、キリスト教を基盤としてはいますが、布教や伝道をする団体ではなく、YMCAの活動はクリスチャンに限らずすべての人に開かれています。

石井氏
―スイミングのプログラムに関しても、「大切な命を守る」というYMCAならではの観点が反映されているのでしょうか?

澤村氏:そうですね。私たちが目指しているのは、水泳のオリンピック選手を育てることではありません。それよりも、子どもたちが水の事故で命を落とすことがないように、自分の身を守る方法を覚えていくためのスイミング、という位置づけでプログラムを実践しています。具体的には、いわゆる四泳法(クロール・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライ)の練習だけではなく、「顔をあげたまま泳ぐ」「浮いているものにつかまる」など、泳力に合わせた水上安全の技術も指導するようにしています。また、水場での事故は海や川など、プール以外のところで起きることが多いので、そういうときにも慌てずにすむように、服を着たまま泳ぐ「着衣泳体験」を年に数回行ったりもしています。

石井氏
―ベビースイミングのクラスや、小さいお子さんが始めてスイミングを習いに来た場合なども、まずは「身を守る」というところから指導するのですか?

澤村氏:ベビークラスの場合は、親子で楽しみながら「水に慣れる」ということが主な目的になりますが、その中でも身の安全につながるように意識しながらプログラムを行っています。ベビークラスに参加するお子さんはまだ言葉を理解できる年齢ではないので、「水の中に入ったら壁に戻る」という感覚を体で覚えてもらったり、お父さんやお母さんに水場での身の守り方を理解してもらい、お子さんに伝えてもらえるようにすることを大切にしています。
また、初めてスイミングを習うお子さんには、まずは水の中で安全に楽しく過ごすためにはどうしたらいいかということから教えていきます。また、水中で楽しむきっかけを作れるように、魚の形をした遊具や、水中に沈めて宝探しのように遊べるブロック、子ども達が泳いで通過できるフラフープなど、さまざまな道具を準備しています。


プールサイドには子ども達が喜びそうな遊具がたくさん用意されています

「無理やり」はNG! まずは気持ちを受け止める

石井氏
―最初は怖がってプールに入れないお子さんもいると思います。そういうときはどのように対応されていますか?

澤村氏:お父さんお母さんとしては、できれば一分一秒でも早く水の中に入れるようになってほしいと思われるでしょうし、私たちもその気持ちは同じです。ただ、「無理やり水に入れられた」という印象が子どもたちの中に残ってしまうと、次から絶対にプールに来たくなくなってしまいます。ですから、まずは子ども達の気持ちを受け止めて、本人の気持ちがプールに向くまで待つようにしています。
実際に私が見て来た中でも、自分の気持ちを言葉で表すのが苦手で、泣くことでしか表現できない子がいました。プールの近くに連れていくだけでもすごく大変で、泣かずにプールサイドに行けるようになるまで2、3カ月掛かりました。それでも焦らずに向き合っているうちに、徐々に水にも入れるようになり、その後もレッスンを受け続けてくれました。どのタイミングで心を開いてくれたのか、正解は今でも分かりませんが、「この人たちは無理やり水に入れることはないんだな」ということを感じ取って、安心してくれたのかもしれませんね。

石井氏
―泳いでいる子ども達を指導しながら、同時にプールに入れずにいるお子さんのフォローもするというのはとても難しそうですね。

澤村氏:幼児クラスに関しては、数名ずつのグループに分かれてグループレッスンを行っています。そして、各グループの担当者以外に、クラスの担当者がプールサイドから見ているので、その担当者がプールに入れないお子さんのケアなども行うようにしています。お子さんの気持ちに寄り添った声掛けをしながら、グループの担当者と連携を取って、他のお子さんの練習を中断させることなく、いいタイミングでプールに入れるように心掛けています。

石井氏
―スタッフ同士の連携が大事なのですね。日ごろからスタッフの間で話し合いをしたりしているのでしょうか?

澤村氏:クラスの前後には、グループの担当者やクラス全体の責任者でミーティングをするようにしています。例えばクラスの前には、「今日はこういうところを重点的に練習しよう」とか「この子はこういう動きが苦手そうだからこのタイミングで声を掛けてフォローしよう」というようなことを確認して進めていきます。またクラスが終わった後には、プールサイドから見ていて気付いたこと、逆に水の中でグループを担当していて気付いたことなどをシェアして、次回につなげられるようにしています。


ウェルネスガーデン品川御殿山で子ども達に指導する澤村氏

トップを目指して卒業する子たちも全力で応援

石井氏
―本格的に水泳を極めたいと思う子どもたちの育成という観点からは、どのように考えていらっしゃいますか?

澤村氏:私が現在担当しているウェルネスガーデン品川御殿山ではまだ実施できていませんが、YMCAの他の拠点では、一般的なスイミングスクールで言うところの中級とか上級にあたるようなクラスもあります。週3回程度レッスンを行い、YMCAが主催する水泳大会に出場することを目指すクラスです。ただ、やはり「オリンピック選手を育てる」ということは目標にしていないので、「選手コース」というような位置づけではやっていません。ですから、もっと外部の大会などにも出てトップを目指したいと言って、ほかのスイミングスクールへ移る子も中にはいます。そういう子たちのことは、私たちも全力で応援します。YMCAで水泳と出会って好きになり、もっと極めたいという子たちが出てくることは、私たちにとってもすごくうれしいことですからね。

石井氏
―YMCAには、ほかにもキャンプなどいろいろなイベントのプログラムがありますよね。

澤村氏:はい、私も以前は、キャンプの引率や野外活動の担当をしていました。月に1回、子どもたちが集まって、大学生のボランティアと一緒に公園などに遊びに行く定例活動を実施していたのですが、これは昨今なかなか味わうことのできない大切な時間だったと思います。子ども達にとっては、普段接しているお父さんお母さんや学校の先生ではなく、ボランティアの大学生が全力で一緒に過ごしてくれるということ。そして、大学生にとっては、子どもたちと楽しく過ごすために一生懸命考えて関わっていくということ。お互いにとってすごく貴重な体験になると思うんですよね。

石井氏
―そのような野外活動を通じて、最近の子ども達を見ていて気付いたことはありますか?

澤村氏:子ども達と話していると、みんな忙しく過ごしているんだなと感じます。地域性もあるかもしれないので一概には言えませんが、習い事をたくさんしていたり、いろいろなことに取り組んで頑張ってこなしている子が多い印象がありますね。また、体力面では、少し大きくなったお子さんでも階段の上り下りがおぼつかなかったり、怖くて一人では降りられないという子がいたりして驚いたことがあります。きちんと調べたわけではないので分かりませんが、やっぱり近年外遊びの時間が減っていることなども関係しているのだと思います。ちょうどコロナ禍で幼稚園や保育園でも活動が少なくなっていた時期だったので、その影響もあるのかもしれません。

子ども達の心情を感じ取りながら接したい

石井氏
―ご自身がお子さんたちを指導する上で大事にしていることがあれば、教えてください。

澤村氏:子どもかどうかに関わらず、相手は一人の人間だということを絶対に忘れないようにしています。相手の気持ちを大切にして、今その子がどういう気持ちでいるのかをできるだけ感じ取りながら接していきたいと思っています。言葉には出さなくても、心に思っていることはきっとあるはずなので。そして、保護者の皆さんに対しては、簡単にでもその日のお子さんの様子を伝えたり、一言でも挨拶をしたりとコミュニケーションの機会を少しでも増やすようにしています。これは私だけでなく、スタッフ全員が心掛けていることです。YMCAのプログラムが目指しているものの中に、「一人一人を大切に」という考え方があるので、基本的にYMCAのスタッフはみんなその考えを大事にして行動していると思います。

石井氏
―最後に、スイミングに興味を持っている子ども達や親御さんたちに向けてメッセージをお願いします。

澤村氏:お子さんが生きていく上で、「水に慣れる」ということは、水場での事故を防ぐためにもとても大切なことです。ぜひ水の中で安全に過ごす方法を身に付け、楽しみながら長く通ってもらえたらいいなと思います。水泳を習うことで、新しいお友達ができることもありますし、初めてチャレンジすることに取り組んだり、苦手なことを頑張ったり、できなかったことができるようになったり……。さまざまな経験を通じて、大きな達成感も味わえるのが水泳の良いところだと思います。そして、子ども達の「楽しい!」という気持ちを、私たちだけでなくお父さんやお母さんたちにも感じていただき、一緒に共有していけたらうれしいです。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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