会報誌

主体性を育む乳幼児教育とは? ~「意図を持って仕掛ける」がカギ~

山口 剛史さんプロフィール

変化の激しいこれからの時代をたくましく生きるために、「主体性」のある子供に育ってほしい――そう願う保護者の方も多いのではないでしょうか。科学的なエビデンスに基づいて独自のメソッドを作り、個性あふれる12園の保育園を運営している株式会社エデュリー代表取締役 菊地 翔豊氏に、主体性を育む乳幼児教育の重要性や、若くして保育事業を立ち上げた経緯などについてお話を伺いました。

菊池さんとこどもたち
菊地 翔豊氏プロフィール>

1994年生まれ。日本の高校を退学になり、ニュージーランドへ留学。卒業後、「より多くの子どもたちに主体性を育む機会を提供し、子どもたちの無限の可能性が開花する社会をつくりたい」との思いから、当時19歳で株式会社Kids one(現エデュリー)を創業。「世界に一つだけの保育園」というコンセプトのもと、東京、埼玉、神奈川にて12園を運営(2022年7月時点)。

保育園

アルオン保育園(東京都北区)/アウロラ保育園(埼玉県戸田市)/ポノ保育園(神奈川県厚木市)

ニュージーランドで教育が与える影響を実感

菊池氏
●私自身、高校を退学になったことが一番の転機になりました。その高校では、制服についての決まりが学則に書かれていなかったので、私服で通学したりしていました。そうしたら、先生が「なぜお前は人と同じことができないのか」と。「学則に書かれていないから自由じゃないですか」と反論したりするなど、学校に盾突くことをしていたら退学になってしまいました。そのときたまたま同じクラスにいた帰国子女の同級生に「翔豊には海外の方が合うと思うよ」と言われたのがきっかけで、ニュージーランドに留学することを決意しました。

いざ行ってみると、ニュージーランドの学校には、型にはめずに、好きなことを好きなだけ追及できる環境が整っていました。そんな環境の中で、自分自身が大きく変わっていくのを感じたんです。「教育の環境が変わると人間が変わるんだ」という原体験から、自分と同じような境遇の人たちにも教育機会をしっかりと与えたいと思って起業しました。

石井氏
●「教育」という分野の中でも、保育事業を選んだのはなぜですか?

菊池氏
●一つは、当時保育事業のマーケットが急成長していたこと。そしてもう一つは、自分自身が幼稚園でいじめられていて、そのころから「型にはまったこと以外は許さない」という日本の教育に不信感を抱いていたことがきっかけです。私の場合、幼稚園を二度転園したものの、結局どの園も合わずに家庭保育で育ちました。自分には家庭保育が合っていて、そのおかげで何とかまともに生きてこられたのかなと思っています(笑)。こうした経験から幼児教育に興味を持ち、いろいろと勉強しているうちに、日本ではまだ保育園が「教育機関」とみなされていないということを知りました。一方で、私は留学中にニュージーランドの保育園でアルバイトをしたことがあるのですが、そこでは「テファリキ」という世界的に有名な教育メソッドを使っていて、保育の質がとても高かったんです。「テファリキ」は何十年もかけて体系化されたメソッドで、ニュージーランド全土で使われています。こうした経験を日本に持ち込みたいという思いから、保育事業を立ち上げることにしました。ちなみに、家庭保育で過ごした3年間は、毎日朝から晩まで、妹と二人でブロックと人形を組み合わせた自作の遊びをひたすらやり続けていました。今振り返るとかなり特殊な環境ですが、一つの物事に熱中するという自分の習慣は、このときに身に着いたのだと思います。

科学的なエビデンスに基づいた「主体性を重んじる保育」

石井氏
●保育園を運営するうえで、一番大事にしていることは何ですか?

菊池氏
●私たちが目指しているのは「主体性を重んじる保育」です。どうすれば「主体性を重んじる保育」を行えるか、科学的なエビデンスに基づいて考え、様々な論文研究を参考にしながら独自のメソッドを作っています。例えば、幼児保育においては、「非認知能力」※と呼ばれる一つ一つの能力や資質を細分化して、それぞれに必要な要素を保育の中に取り入れるようにしています。私は、最終的な人間の能力は、「プロセス×結果」で生み出されると考えています。例えば、ニュージーランドの「ダニーデン研究」という、1000人の子供を対象にした追跡調査でも、6歳時点で「自発性」という能力が高い子は、32歳時点の所得、肥満率、犯罪率などの全ての指標においてスコアが良いという結果が出ています。自分で「これをやりたい」と思ってやったのか、やらされてやったのか。そのプロセスが違うと、最終的な結果も違ってくるということなのです。一方で、プロセスだけを重視すると、大人の自己満足に走りがちになるという側面もあります。ですから、私たちの保育園では、プロセスも結果も両方重視しながら、年次ごとの保育メニューを決めています。

石井氏
●具体的には、どのような保育を行っているのですか?

菊池氏
●日々の保育の中で、「意図をもって仕掛ける」ということを意識するようにしています。例えば、ある日突然はさみと段ボールを渡して、「車をつくってごらん」と言っても、子供はどうすることもできません。環境だけ用意しても意味がないんです。まず、「車」とは何なのか、どんな種類があるのかという知識がなければいけないし、はさみの使い方や段ボールで車を模したものを作る方法も知らなければなりません。それをどうやって子供たちに伝えるかが保育者の役割です。まずは、車に興味を持つように絵本を読んでみる。興味を持ったら、今度はその興味が広がっていくように、お散歩などを通して本物の車に触れる機会を作ってみる。こうしたステップを一人一人に合わせて最適化するために、子供のつぶやきや行動などを可視化する「デザインマップ」を作って保育に生かしています。

家族で食卓を囲む

「デザインマップ」の一例

石井氏
●これまでに出会った中で、特に印象深いお子さんのエピソードなどはありますか?

菊池氏
●私が以前、修業のためにお世話になっていた保育園での出来事です。この園は、私が数百園ほど見てきた日本の保育園の中でも、圧倒的に高いレベルで「主体性を育む保育」を実践していました。その園である日、縄跳びをしていた子たちが綱引きのように引っ張り合いを始めて、縄が切れてしまったんです。子供たちは「切れちゃったー」と言って先生のところに縄を持っていきました。すると、それを見た5歳の女の子が「私、直せるかも」と言い出して。先生は、特に何かを指示することもなく、「あらそう、考えてみてね」という感じでその場を離れていきました。すると、その子が本当に自分で縄を縫い始めて、ついに直してしまったんです。いざ先生に見せると先生も思わずびっくりした、ということがありました。普段から「やらされる」のではなく、「やりたいことをとことんやる」という教育を受けていると、自ら課題発見解決する力が秀でるんだなと改めて実感した出来事でした。こうした子供たちの20年後が今から楽しみですよね。小学校でつぶされなければ、すごい子になるんじゃないかなと期待しています。のようになってしまっている部分があります。そうではなくて、なぜこの教育が子供にとっていいのかをしっかりとスコアリングしたり、自分たちの教育メソッドが子供にとってどういう効果があったのか、客観的に実感できるようにしたい。子供にとってのベストが何なのかがわかるようなプラットフォームを作りたいというのが、私が目指していることです。現在、テクノロジーの開発を含めて、私たちの園でさまざまな実験をしているところです。

子供にとってのベストな教育が検証できる仕組みを作りたい

石井氏
●これから実現していきたいことなどがあればお聞かせください。

菊池氏
●日本の教育には、良いところもたくさんあります。例えば、乳児期において「愛着形成」を大事にする文化、そして「生活や遊びを通していろいろなことを体験し学んでいく」という文化などは、日本の保育の良さだと思います。こうした日本の教育の良い部分を体系化し、世界に発信することで、世界の乳幼児期教育の価値を再定義したいと考えています。そのためには、子供たちがその教育を受けた結果、どんなインパクトがあったのか、きちんと検証できる枠組みが必要です。現状では、乳幼児期に受けた教育の何が良くて何が悪かったのかを検証することが難しく、「保護者の自己満足」のようになってしまっている部分があります。そうではなくて、なぜこの教育が子供にとっていいのかをしっかりとスコアリングしたり、自分たちの教育メソッドが子供にとってどういう効果があったのか、客観的に実感できるようにしたい。子供にとってのベストが何なのかがわかるようなプラットフォームを作りたいというのが、私が目指していることです。現在、テクノロジーの開発を含めて、私たちの園でさまざまな実験をしているところです。

石井氏
●子供にとって「いい教育」かどうかを評価するのは難しい面もありそうですね。

菊池氏
●今は、大人になってからの犯罪率、肥満率、所得、自殺率など、スコアリングしやすい指標でしか検証しようがないのが現状です。「ウェルビーイング」と呼ばれる、幸福度を計るような評価指標もあるのですが、定性的な部分が多く、定量評価が難しい。一方で、私が本当にやりたいのは、アートでもスポーツでも何でもいいので、自分が極めたいことを極められる環境を用意したうえで、どれぐらいの子達が熱中して熱狂するものを見つけられるか。そんな評価指標を作りたいと思っています。結局、なぜ大谷翔平やマーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクのような人たちが生まれたかと言うと、もちろん持って生まれた才能もありますが、やはり「何かに熱中して熱狂する」ことができたからではないかと思うんです。そして、彼らほどのレベルではなくても、私自身を含め、「幸せだな」と感じている人は、何かに熱中して熱狂している人が多いように感じます。「なんでもいいや」と適当にこなしているだけでは、結局何が自分の幸せなのかわからなくなってしまうこともあるでしょうし。「熱中して熱狂する」という人が増えれば、日本が、そして世界がさらによくなっていくと思うので、それをスコアリングの指標にできるような仕組みを作っていきたいです。

(聞き手/LOCON株式会社代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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