会報誌

日本人のアイデンティティを持って世界へ 学校法人太田国際学園 清水 聖義理事長インタビュー

国語を除くほとんどの教科教育を英語で行う「イマージョン教育」を最大の特徴とし、小中高の12年一貫教育を実施している「ぐんま国際アカデミー(GKA)」。国際バカロレア(IB)認定校でもあり、卒業後は海外の有名大学に入学する生徒も多いといいます。GKAを運営する学校法人太田国際学園の理事長で、群馬県太田市長でもある清水 聖義(しみず まさよし)氏に、イマージョン教育の魅力や日本の教育のあるべき姿などについて伺いました。

清水 聖義氏ロフィール

1941年 群馬県太田市生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。大手製薬会社勤務を経て、地元にて学習塾をはじめる。1979年より太田市議会議員を1期、1983年より群馬県議会議員を3期務めたのち、1995年太田市長選に初出馬、初当選。市長就任後、構造改革特区制度を利用し「ぐんま国際アカデミー」の設立を主導。初代理事長に就任。

英語の重要性を感じてGKAを設立

石井氏
―約20年前、どのような思いでGKAを開校されたのでしょうか?

清水氏:当時、日本がどんどん変わってきていることを感じていました。そして、「従前の教育のままで本当にいいのだろうか?」という疑問を持ち始めました。特に感じたのが、英語の重要性です。コミュニケーションの手段として、英語はもう外せなくなっていると。そんな中、すでにイマージョン教育を始めていらっしゃった学校法人加藤学園の加藤 正秀理事長にお会いし、一緒に手を携えてやろうという話になったのです。いざ開校してみると、考えていた以上に大きな反響がありました。初年度には、福井からわざわざ家族で引っ越して来てくれた生徒もいて、これには感激しましたね。そういうニーズが日本の中にあるのだと実感することができました。

石井氏
―GKAでは、「英語を学ぶ」のではなく「英語で学ぶ」、いわゆる「イマージョン教育」を実践されているのが大きな特徴ですよね。

清水氏:GKAは学校教育法第1条に定められた「一条校」、つまり普通の日本の学校です。ですから、海外の教育プログラムを行うインターナショナルスクールとは、学校の基本理念なども少し違います。GKAはあくまでも普通の日本の学校で、授業を英語で行っているというだけ。ですから、日本人としてのアイデンティティは外してほしくないと強く思っています。とはいえ、生徒たち自身は「ちょっと変わった学校に通っている」という意識があるみたいですね(笑)。私の孫もGKAの卒業生ですが、やはり自分でも周りと少し違うと感じているようです。それでも平然としていますよ。「自分は自分」とでも言いますか。

石井氏
―そういった感覚が、真のダイバーシティにつながっていくのかもしれませんね。

清水氏:そうですね。「自分自身を持っている」というのは、国際社会で活躍する上でとても大切な感覚だと思います。そのような感覚を持ちつつ、日本の学校のカリキュラムをしっかり学んでいく。この両方を大事にしている点が、他のインターナショナルスクールとは違うところだと思っています。

教育には人生を切り拓く力がある

石井氏
―開校後は大きな反響があったとのことですが、ご苦労された点などはありましたか?

清水氏:財政的には大変な時期もありました。開校当初は、当時の知事との意見の行き違いもあり、私学助成金の給付が認められなかったため、財政面で非常に厳しくなってしまったのです。このときは保護者の皆さんも協力してくれて、困難を乗り越えることができました。この学校は、SHIP(シップ)という、保護者が中心になって運営している組織が非常にしっかりしているんです。そういうお父さんお母さん方が、「おかしいんじゃないか」と一緒に県議会に掛け合ってくれて。最終的には、知事以外の議員はみんな応援団になってくれました。GKAは、構造改革特区制度に基づいて日本で初めて誕生した学校です。しかも太田市という、本当に名の知れぬ田舎にできたというのもすごいことですよね。だからこそ、みんなで大事にしようという気風があるのだと思います。

石井氏
―保護者の皆さんは、GKAの理念に心から共感されている方が多いのですね。

清水氏:子どもたちに強い関心を持っている方が多いのだと思います。子どもが良い環境で成長していくことは、親にとっても誇りなんですよね。私なんか、おじいちゃんになっても孫の成長を誇りに感じるぐらいですから。教育には、そういう力があるのです。本人はもちろん、家族まで自信や誇りが持てるようになる。だから、お父さんお母さん方も積極的に協力してくださるのだと思います。昨今、「社会が子どもを育てる」と言われたりもしますが、やっぱり最終的にはお父さんお母さんと先生ですよ。言葉では「社会が育てる」と言っても、現実には「赤ちゃんを生んだらあとは全部社会に任せます」というわけにはいかないのですから。日本の社会が良いとか悪いなどと言っていても仕方がない。お父さんとお母さん、そして学校の先生が一体となり、責任を持って育てていくということが何より大事ではないでしょうか。

石井氏
―清水市長は、以前からずっと「教育より大切なものなんてない」と仰っていますよね。そう思うようになったきっかけは何だったのでしょうか?

清水氏:私は、就職浪人したときに学習塾をやっていたんです。その塾の教え子が「医学部に進学しました」とか、自分の希望する道に進んで人生が拓けていくのを見るのがうれしくてね。ああいう教え子たちの顔を見ていると、やっぱり教育というのは非常に大事だなと。例えば、同じ親から生まれた双子であっても、全く違う環境で育てると人生が大きく変わっていくということがありますよね。だからこそ、良いほうの環境、本人が将来希望する道に進んでいけるような環境を作ってあげることが大切だと思うのです。

偏差値では測れない力が社会で生きる

石井氏
―GKAの生徒たちを見ていると、偏差値などの目先の数字ではなく、もっと長いスパンで目標をとらえているように感じます。

清水氏:国際バカロレア(IB)のプログラムがいいんですよね。生徒たちは、IBのプログラムを通じて、論理的なものの展開の仕方やクリティカルな思考法などを学びます。そして、例えば化学の問題にしても、文学の問題にしても、論文として議論できるだけの文章を英語で書けるようになっていくのです。こうした力は、普通に受験勉強をしただけでは身に付きません。偏差値やセンター試験には直結しないかもしれませんが、こういう力がいずれ社会で生きるような気がしています。

石井氏
―それがこれから日本で育って大人になる人にとっての当たり前になってほしいですね。

清水氏:世の中、そうなっていくのではないでしょうか。偏差値から脱皮していくのが、日本の教育のあるべき姿だと思います。英語も、昔のただ書くだけの試験ではなく、ヒアリングやライティング、スピーキングなど、範囲がだんだん広がってきているようですし。数学の問題も、方程式を書くだけではなくて、考え方を書かせるような内容に変わってきている。昔の偏差値を重視する教育と、今の教育の在り方がずいぶん変わってきているということだと思います。

石井氏
―先日GKAの卒業生のスピーチを聞く機会があったのですが、皆さん共通して最後までやり抜く力を身に付けているところがすごいなと。どうしたらそのような力が育まれるのだろうかと大変感動しました。

清水氏:そんなに難しく考えたことはないんですけどね。この間東京に行ったときに、たまたま卒業生に会ったんですよ。私は気づいていなかったのですが、卒業生のほうから声を掛けてくれて。「今何をしているの?」と聞いたら、自分が希望する会社に入って元気に働いていると。「最後までやり抜く」というのがどういうことなのか、私にもわかりませんが、彼なんかを見ていると、自信を持って自分のやりたいことをやっている。その姿を見てすごいなと思いましたし、うれしかったですね。

勉強以外の分野を追求できる環境も

石井氏
―卒業生には、将来太田市に戻ってきてほしいですか?

清水氏:いやぁ、戻ってくる必要はないですよ。むしろ、私は一時的な移住でいいと思っています。GKAのような学校に通いたいという人がいたら、とりあえず12年間、太田市に住んでみるのも良いのではないでしょうか。今はリモートワークの時代ですから、家族みんなで移住してもいいですし、お母さんと子どもがこちらに住み、お父さんは東京で仕事をするというような二拠点生活でもいいかもしれません。普段は別の場所にいても、週末や長期休みには一緒に過ごせますしね。実際に、先ほどお話した福井の子も、福井と太田で拠点を2つ持っていたようです。太田市は自然も多くて住環境が良いので、別荘を持つ感覚で二拠点生活をしてみるのも良いと思います。

石井氏
―太田市では、勉強以外にも、自分が興味のある分野を突き詰めることができる環境が整っているそうですね。

清水氏:はい。「おおた芸術学校」「おおたスポーツ学校」「おおたプログラミング学校」など、さまざまな教育機関があります。例えば「おおた芸術学校」には、「オーケストラ科」「演劇科」「合唱科」「リトミック科」があり、太田市内在住または在学のお子さんであれば誰でもレッスンを受けることができます。現在GKAに通っている生徒の中にもバイオリンの名手が2人いて、「おおた芸術学校」のオーケストラに参加しています。今度、そのオーケストラが太田市の式典で演奏してくれるのだそうです。このように、学校での勉強以外にもいろいろなことを学べる場を市として用意しているので、子どもにとっては面白い環境だと思います。

石井氏
―最後に、幼少期のお子さんを持つ親御さんたちへメッセージをお願いします。

清水氏:GKAは、ある意味では変わり種の学校ですが、一条校なので、日本の教育はきちんと押さえながら英語の学習ができるという特徴があります。高等部に上がればIBコースを選択することもできます。一人一人の個性を培えるような特色ある教育を行っていますので、ぜひ関心を持っていただけたらうれしいです。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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