
「失敗しても、もう一回やってみよう!」――子どもたちにそう声をかけたいと思っていても、実際にはうまく伝えるのは難しいものです。そんな中、遊びを通して自然と挑戦する心や集中力を育めるとして、今あらためて注目されているのが「けん玉」です。今回は、ギネス世界記録保持者の一人であり、全日本選手権をはじめとする主要大会で11度もタイトルを獲得するなど、けん玉界のレジェンドとして知られる「けん玉ちばちゃん」にインタビュー。国内外でけん玉の魅力を発信し続けているちばちゃんに、けん玉を通じて身に付く力や子どもたちに感じてほしいことなどを伺いました。
(公社)日本けん玉協会認定A級指導員・けん玉道七段けん玉ちばちゃん
1996年に萩本欽一主宰・欽ちゃん劇団6期生として入団。浅草で舞台経験を積み、けん玉を使った芸とトークは、世代を超えて人気を博している。NHK紅白歌合戦に演歌歌手三山ひろしのけん玉師匠として昨年までに9年連続で出場。けん玉ギネス世界記録保持者の1人。競技選手としては、第1回全日本クラス別けん玉道選手権大会優勝をはじめ、全日本ユース大会など部門別も合わせて11度のタイトルを獲得。現在も舞台、寄席出演の他、全国の小学校、認定こども園などの児童施設でのけん玉教室、けん玉道検定などのイベントを開催。主な出演作品にDVD「けん玉世界一周」(けん玉JAPAN)、「三山ひろしのけん玉教室」(幻冬舎)など。2026年4月にLOCOKウェルネスガーデン品川御殿山にてけん玉教室を開催。
「悔しさ」が夢中になるきっかけ
石井氏
―もともとけん玉を始めたきっかけは何だったのですか?
ちば氏:小学校6年生のとき、通っていた地元の小学校でお正月集会というイベントが開催されて、お餅つきや羽根つきなどさまざまな出し物の中に、けん玉コーナーがあったんです。けん玉の基本的な技の一つに、大皿と中皿に玉を交互に乗せ続ける「もしかめ」という技があるのですが、このとき、その「もしかめ」の学校内のチャンピオンを決めることになって。ところが、僕はそれまでけん玉をやったことがなかったので、全く上手くできなかったんですよね。周りには結構上手な子もいて、「お前、下手だな」と(笑)。それがすごく悔しくて、その日からけん玉を練習し始めました。
石井氏
―悔しい思いをしたところからのスタートだったのですね。
ちば氏:はい。でも、練習すればするほど、最初は1回もできなかった技が、5回、10回、100回とできるようになって、どんどん面白くなっていきました。中学校では「民芸クラブ」という部活に入り、さらに本格的に取り組むようになりました。入部したばかりのころは、けん玉だけでなくめんこやコマ回しなども楽しんでいて、「こんなに楽な部活があるんだ、最高だな」と思っていたんです(笑)。それがけん玉を続けるうちに、汗だくになるほど打ち込むようになって。「けん玉道検定で初段を取る」という目標を立てて、日々夢中で練習していました。
石井氏
―目標としていた初段取得は、いつごろ達成されたのでしょうか?
ちば氏:当時は、大会会場に行かないと指導員の方に審査をしてもらえなかったので、受けられる機会は年に数回だけでした。でも、僕は初段審査に2回落ちてしまって。ようやく合格できたのは、中学3年生の10月、3回目の挑戦でした。当時の審査は今より複雑で、10種類の技に加えて、「もしかめ」を200回続けるという課題がありました。「もしかめ」以外の技は難易度に応じて、10回中5回以上成功しなければいけないとか、10回中1回成功すればいいといった基準が決められていました。一つずつ技をクリアしていって、やっと合格できたときは本当にうれしかったですね。
日本一を支えた究極の集中力
石井氏
―けん玉の全国大会にも出場されていたそうですね。
ちば氏:はい。一番大きな大会が「全日本けん玉道選手権」で、中学生・高校生も出場できる「全日本ユース」という大会もあります。特に印象に残っているのは、中学3年生のときに出た関東地区大会です。その日は高校入試の模擬テストと重なっていて、ライバルたちはみんな大会を欠場していました。でも、僕は「せっかく3年間頑張ってきたのに、欠場という選択肢はない」と思って出場し、決勝まで勝ち進んで準優勝することができました。これが大きな自信になり、「この世界で生きていこう」と決意しました。その後、高校1年生と2年生のときに全日本ユースの高校生の部で優勝し、2年連続で日本チャンピオンになることができました。
石井氏
―大人になってからも日本一になられたのですか?
ちば氏:大学時代に、全日本ユースで総合優勝し、学生の部の個人戦でも3度優勝しました。それに加えて、3人1組で競う団体戦でも優勝しています。団体戦では、1年生のときに「けん玉を少しやったことがある」という仲間を2人誘ってチームを組みました。競技は、10個の技を3回ずつ行って何回成功するか。その3人の合計得点で競います。僕以外の二人は、限られた時間で全ての技を習得するのは難しかったので、それぞれの得意な技だけを徹底的に練習し、本番で確実に決めてもらうようにしました。この作戦がうまくはまり、団体戦でも優勝することができました。
高校3年生のときに第15回全日本けん玉道選手権大会で準優勝
石井氏
―日々の練習ももちろんのこと、本番での集中力もかなり重要になってきそうですね。
ちば氏:私自身は東京生まれですが、祖父や伯父が那須地域を基盤として政治活動を行っていましたから、私も子どものころからこの地域に強い思い入れがあったのです。那須地域の魅力をよく知っている一方、「もっと良くできるのに」と感じることもたくさんありました。私は、すでにでき上がっているものを管理するより、新しいものを生み出すことのほうが好きなので、東京のような完成された街のマネジメントにはあまり興味がわかなくて。その点那須塩原市は、ある程度洗練されていながらまだまだ多くの可能性を秘めている。そのバランスが絶妙でとても魅力的だと思っています。
大学2年生のときに第7回全日本ユースけん玉選手権大会で総合優勝
世界中で人を笑顔にするけん玉の魅力
石井氏
―けん玉を続けてきて一番良かったことは何だと思いますか?
ちば氏:やっぱり、けん玉を通してたくさんの方と出会えたことですね。イベントに呼んでいただいたり、いろいろな場所へ行かせてもらったり、人とのつながりがどんどん広がっていきました。けん玉は遊びの延長のようなものなので、はじめのころは「何をやっているんだろう」と思われることもあったと思います。でも、大会で結果を残すようになると、周りの見る目も変わってきて、「ちょっと見せてよ」と声をかけてもらえるようになりました。
石井氏
―けん玉一つで、その場の注目を集められるというのはすごいですよね。言葉の壁を越えて楽しめますし、海外でも人気が高いイメージがあります。
ちば氏:そうなんです。けん玉を通じてこれまでに9カ国ほど訪れましたが、毎回その反応の大きさには驚かされます。中でも一番印象に残っているのは、インドです。日印交流年の事業で現地を訪れたところ、空港でスーツケースを開けるように言われたんです。パカっと開けると、中にはイベント用のけん玉が50本ほど入っていて、驚いた職員の方が「これは一体何だ?」と(笑)。そこで実際に技を披露したら、「すごいやつがいる!」とどんどん人が集まってきました。そのまま職員専用の休憩室に案内されて、「一緒にご飯を食べよう」と歓迎していただきました。普通は入れないような場所に連れて行ってもらえたので、本当にびっくりしましたね。
石井氏
―子ども以上に、大人のほうが夢中になってしまうことも多いのではないですか?
ちば氏:本当にその通りで、イベントでも、最初は子どもたちが楽しんでいるのですが、最後まで挑戦しているのは親御さんだったりするんです(笑)。実は、あの大谷 翔平選手も、試合前にけん玉をして気持ちを整えているそうですよ。けん玉の技が決まると、気持ちがすっと切り替わって、「よし、やるぞ」と前向きになれる。大谷選手も、その感覚を大切にしてマウンドへ向かうのだそうです。まさにけん玉には、集中力を高めたり、気分をリセットしたりする力があるのだと思います。
達成感と自己肯定感を同時に味わえる遊び
石井氏
―ご自身はけん玉以外に習い事などはされていたのですか?
ちば氏:けん玉に出会う前は、陸上をやっていました。足は速いほうで、東京都大会では100m×4人リレーで6位に入り、国立競技場でも2回走ったことがあります。ところが、小学6年生のときに交通事故に遭ってしまって。脊椎や腰を痛め、その後は身長もほとんど伸びなくなりました。もともと野球やサッカー、バスケットボールなども好きで、よくみんなで遊んでいたんですけど、やっぱり自分の体では無理だなと感じ始めて。そんなときに出会ったのがけん玉でした。今振り返ると、あのタイミングでけん玉に出会えたことは大きな転機だったと思います。
石井氏
―子どもの頃からけん玉に夢中になっている姿を、ご両親はどのように見ていらっしゃったのですか?
ちば氏:父はあまりよく思っていなかったかもしれません(笑)。父は大工だったので、私に後を継がせたいという気持ちが強かったようです。一方の母は、「好きなことをすればいい」という考え方で、自由にやらせてくれました。僕はおばあちゃん子だったのですが、母方は代々芸者の家系で、踊りや三味線などの芸事に親しんでいました。祖母は、僕を芸事の道に進ませたかったようで、小学生の頃から落語の「寿限無」や、お囃子、太鼓、篠笛などを教えてくれました。そういう意味では、一番応援してくれていたのはおばあちゃんでしたね。
石井氏
―子ども向けのイベントも数多く開催されていますが、けん玉を通じてどんなことを感じてほしいですか?
ちば氏:一番は、「できた!」という達成感や成就感ですね。最近は自分で技を磨きながら遊ぶ道具のことを「スキルトイ」と呼ぶそうですが、けん玉もまさに自分の努力で上達していく遊びです。そして、その成果を周りから「すごいね」と認めてもらえる。達成感と自己肯定感を同時に味わえる遊びは、他にはなかなかないと思うので、それを一番楽しんでもらいたいです。あとは、性別や年齢に関係なく遊べるのもけん玉の良さだと思うので、ご家庭でお父さん・お母さん、おじいちゃん・おばあちゃんとも一緒にやってみてほしいです。ぜひ世代を超えて、けん玉の魅力を感じてもらえたらうれしいですね。
(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)





