会報誌

子どもの夢をサポートするには「分業」が大事 ~テニスコーチ 熊田 浩也氏インタビュー~

パリ2024パラリンピックにおいて史上最年少の18歳で金メダルを獲得し、車いすテニス界のトップを走り続けている小田 凱人選手。インタビューでの発言が注目されることも多く、テニスファンならずともその活躍ぶりを目にしたことのある方は多いでしょう。今回は、そんな小田選手を一番近くで見守ってきた熊田 浩也コーチに、小田選手の強さの秘密や、自身も選手として活躍していたころの経験、夢を持つお子さんをサポートする上で大切な「分業」の考え方などについて伺いました。

熊田氏プロフィール

幼少のころからテニスを始め、全日本ジュニアテニス選手権優勝など数々の戦績を残す。U14ワールドジュニア日本代表、U16ワールドユース日本代表などジュニアの国際大会で活躍。引退後は指導者の道を歩み、岐阜インターナショナルテニスクラブでジュニア選手を多数育成。2022年4月~2025年3月まで、車いすテニスの小田 凱人選手の専属コーチを務めた。

小田選手は「常に100%以上」を継続できる

石井氏
―つい最近まで、パリ2024パラリンピックの金メダリストである小田 凱人選手のコーチをされていたのですよね。

熊田氏:はい、今年の3月末まで小田選手の専属コーチをしていました。彼が高校一年生になったときから一緒にツアーを回り始めたので、丸3年間務めたことになりますね。この3年間で、自分のイメージしていたテニスよりもさらにレベルの高いものができたと思います。思っていた以上に早くトップにいけたなという感じです。

石井氏
―小田選手のことを一番近くで見ていて、どんなところが印象的でしたか?

熊田氏:彼は、日々の練習を常に100%以上の力で消化していくんです。特に試合間近などは、練習でも本番と同じようにピリピリした緊張感をもって、ストイックに取り組むことができる。そして、毎回自分の納得がいくまで練習をやめないのです。そのスタンスを毎日継続できるというところが本当に印象的でした。コーチである私も、彼が自分なりに大丈夫と思えるところまで、とことん付き合うというスタンスで3年間やりきりました。

石井氏
―普通の人だと、「今日は80%ぐらいでいいかな」と諦めてしまうこともあると思います。田選手はなぜ、常に100%以上の練習を続けられるのでしょうか?

熊田氏:やはり「勝ちたい」という強い意欲があるからではないでしょうか。彼自身、すごく負けず嫌いだし、「勝つためにはどんな自分であるべきか」という理想像がはっきりと自分の中にある。その理想像のために、自分はこれだけやらなきゃいけないという感覚があるのだと思います。あとは、「自分がトップでいなければいけない」という使命感ですね。彼は普段からよく「車いすテニスを世界的に広めて、一般の人からも注目される競技にしたい」と言っています。そのためにも、自分がかっこいいパフォーマンスをして、見る人を引き付けたい。だから毎日100%以上の練習をこなさなければいけない、というところにつながっているのだと思います。

小田選手(左)と四大大会の一つであるウィンブルドンにて

人間性とテニスの強さを磨き続けてほしい

石井氏
―やはり「トップになりたい」という気持ちが人を強くするのでしょうか?

熊田氏:そう思います。さらに言えば、小田選手の場合は「なりたい」というより、「なる」と決めて行動するタイプ。本当に「どうしてそんなに自信があるの?」というぐらい自信に満ちていて(笑)、日頃からインタビューなどでも「夢は叶えるもの」と公言しています。夢を夢で終わらせずに、叶えようとする。そのために努力する力が、世界一なのだと思います。

石井氏
―小田選手のコーチに就任するときに「僕は健常者のテニスしか教えない」とおっしゃったそうですね。それにはどういう意図があったのですか?

熊田氏:正直に言うと、私自身はそれまで車いすテニスをしっかりと見たことがありませんでした。ですから、自分にコーチングを求められたとき、今までやってきた健常テニスの練習メニューや考え方であれば教えられる。私に習うなら、それを吸収することがメリットだねという話をしてスタートしました。一方で、車いすテニス特有のチェアの操作などは、専門のトレーナーに任せようと。やはりそれぞれの分野のプロに正しい情報をインプットしてもらうというのが、一番いい流れだと考えています。

石井氏
―今後の小田選手について、どんなところに期待していますか?

熊田氏:彼がプロ宣言をしたときに最初に話したのが、「みんなに応援してもらえるような選手を目指して活動していきなさい」ということでした。これからも、人間的にみんなから愛されるような選手でありつつ、世界のトップに居続けられるテニスの強さも持ち続けてほしい。その両方をますます磨いていって、さらにいい選手になってもらえたらと期待しています。

16歳で感じた世界との圧倒的な差

石井氏
―熊田コーチご自身は、どんなきっかけでテニスを始められたのですか?

熊田氏:自分ではあまりよく覚えていないのですが、多分父親の影響です。父が近所の体育館でよくテニスをしていたので、一緒について行って、そこで初めてテニスと触れ合いました。小学校に上がるかどうかというぐらいのころだったと思います。父と一緒にやっているうちに楽しくなってきて、地元のスクールに行き始めました。

石井氏
―選手時代はどのぐらい練習していましたか?

熊田氏:土日は朝から日没までずっと、平日も学校のあとは毎日テニスをしていました。テニスクラブに来ている大人の会員さんたちとも、よく打ち合っていましたね。大人と対戦すると、普段ジュニア同士の試合ではないような展開やシチュエーションになることもあって。そういうところが面白くて、会員さんたちに勝負を挑んでいた記憶があります。

石井氏
―全日本ジュニアテニス選手権で優勝するなど、ご自身も小学生のころからトップ選手として活躍されていました。その経験の中で、挫折などはあったのでしょうか?

熊田氏:14歳と16歳のときに、日本代表としてアジア予選を戦わせてもらったのですが、特に16歳のとき、ワールドユースの代表戦を戦う中で、世界との圧倒的な差を感じました。台湾やオーストラリアなどの強豪選手たちに対して、総合的な勝負強さもそうですし、体の大きさやパワーでも到底かなわない。「アジアでこれだけ差があるなら、さらに高いレベルの世界にいったときに、一体どうやって勝負したらいいのだろう」と。本来アスリートならば、そこでさらに努力して上を目指すべきだと思うのですが、自分はもうそれ以上のモチベーションが保てず、一線を引いてしまいました。

石井氏
―そのあと一旦テニスから離れたものの、指導者としてテニスの世界に戻ってきました。なぜ指導者になろうと思ったのですか?

熊田氏:私の場合は少し特殊で、選手をやめてからものすごく太ってしまって(笑)。実は、体重が100キロ近くまで増えてしまいました。そこでダイエットをしようと、知人とテニスクラブのレンタルコートで久しぶりにテニスをしたのです。そのときに、やっぱり楽しいなと。後に、そのテニスクラブの代表から「うちのスクールでジュニア育成をやっているから、ちょっと手伝ってくれないか」というお話をいただき、指導者の道に進むことになりました。

教え子たちであるジュニア選手たちとの集合写真

大切なのは保護者とコーチの役割分担

石井氏
―実際に子どもたちを指導してみていかがでしたか?

熊田氏:はじめのうちは、自分自身が選手時代に頑張ってきた経験を生かして、その感覚で教えられるだろうと思っていました。でも、実際にはなかなかうまくいかなくて。やっぱり選手とコーチというのは、まったく違うものなのだなと痛感しました。そこから、いい選手を育てているコーチに話を聞きにいくなど、指導者としての勉強を重ねていきました。あとは、自分が教えている選手が負けることの悔しさを感じるようになりましたね。例えば、教え子が全国大会を目指していたのに、行かせてあげられなかった。そんなときは、自分自身が試合で負けたとき以上に悔しいです。教え子が負ければ悔しいし、勝てばうれしい。結局、コーチになっても選手と一緒に戦っている自分がいます。

石井氏
―今テニスを頑張っているお子さんたちに、どんなことを期待したいですか?

熊田氏:何事もまずは目標設定をし、その目標に対して行動していくことが大切だということを、テニスを通じて学んでほしいですね。これはテニスに限らず、社会に出てからも大事なことだと思うので。目標に対して、自分はこれをやらないといけない。だからこれだけ練習するし、トレーニングもする。なぜこんなにきつい思いをするかといったら、それは自分の目標を達成するためだと。その思いが本気であればあるほど、質の高い練習やトレーニングになっていくと思います。将来テニスのプロにならなくても、何か自分の夢や使命のようなものを見つけたときに、テニスで学んだことを生かしてそこに向かって行ける。そんな推進力を身に付けてくれたらうれしいです。

石井氏
―夢に向かって頑張るお子さんを持つ親御さんたちへ、メッセージをお願いします

熊田氏:保護者さんとコーチがバランスよく役割分担することが大事だと思います。選手活動をしていると、コーチと保護者さんが同じぐらいの時間をお子さんと共有することになります。コーチは指導する中で厳しく接することもあるので、保護者さんにはそのフォローをしていただけるとありがたいです。あとは、親御さんがあまりいろいろなことを決めすぎないように、気をつけたほうがいいかもしれません。例えば、ラケット一本選ぶにしてもそうです。親としては、プロ仕様のちょっといいラケットを買ってあげたい。でも、実はそのラケットはその子にはまだ重くて使いこなせないということもあります。私からすると、お子さんを預けていただいたからには責任を持って指導するので、テニスのことはコーチに任せていただけたらと。逆にご家庭でのことは保護者さんにお任せして、しっかり分業しながら一緒にお子さんの夢をサポートしていけたらと思っています。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)