野球・サッカー・水泳・テニス・陸上・武道など、世の中にはさまざまなスポーツがあり、心身を鍛えるために自分の子どもにも何かスポーツを習わせたいと考える保護者の方も多いことでしょう。しかし、いざとなると「わが子にはどんなスポーツが向いているのか?」「今頑張っているこの競技は、本当にわが子に合っているのか?」と頭を悩ませてしまうこともあるかもしれません。今回は、お子さんを対象とした「スポーツ適性テスト」などを行う「アローズラボ 新宿」を運営する株式会社ヒューマンアジャスト 代表取締役社長 根岸 靖氏と同社の柔道整復師 榎本 真文氏にお話を伺いました。
株式会社ヒューマンアジャスト 代表取締役社長 根岸 靖氏(左)/柔道整復師 榎本 真文氏(右)
1975年生まれ。獨協大学経済学部経済学科卒業。大手スポーツクラブに就職し、テニスコーチとして活躍。24歳のときに一念発起して東京柔道整復専門学校に入学、3年後に柔道整復師の国家資格を取得。都内の整形外科で修業したのち、31歳で独立して接骨院を創業。現在は、全国約50店舗の接骨院・整骨院を展開。旗艦店である「西新宿ヒューマンアジャスト鍼灸接骨院」には、フィジカル検診センター「アローズラボ 新宿」が併設されている。
1975年生まれ。獨協大学経済学部経済学科卒業。大手スポーツクラブに就職し、テニスコーチとして活躍。24歳のときに一念発起して東京柔道整復専門学校に入学、3年後に柔道整復師の国家資格を取得。都内の整形外科で修業したのち、31歳で独立して接骨院を創業。現在は、全国約50店舗の接骨院・整骨院を展開。旗艦店である「西新宿ヒューマンアジャスト鍼灸接骨院」には、フィジカル検診センター「アローズラボ 新宿」が併設されている。
「根性論」より科学的・論理的な分析の時代へ
石井氏
―お子さんを対象とした「スポーツ適性テスト」は、どのようなお考えで実施されているのでしょうか?
根岸氏:私自身も学生時代にテニスをしていたのですが、当時はまさに「根性論」の時代でした。「ライバルよりも一歩でも多く走れ、一球でも多く打て」「汗をかいた分だけ強くなるんだ」というような教え方が主流で、試合に負けると「根性がないからだ」と言われたりもしました。でも、今はもうそういう時代ではなくなってきています。検査機器や科学が発達してきた中で、論理的に分析し、必要最低限の努力で最大の効果を生み出せるはずだと。もちろん競技ですから、最後はメンタルが関係してくる部分もあるでしょう。でも、それまでの過程で無駄な努力をしていないか、もっとクレバーにできないか。このような考えから、次世代を担う子ども達を対象とした「スポーツ適性テスト」を実施しています。
石井氏
―具体的には、どんな能力が測定できるのですか? また、その結果どんなことが分かるのでしょうか?
根岸氏:さまざまな機器やマシンを使って、スポーツを行う上で重要な5つの基礎体力「視力」「筋力」「持久力」「瞬発力」「跳躍力」を測定することができます。そして、野球・サッカー・バスケットボールなどのプロ・オリンピック選手たちのデータから導き出した「5大基礎体力の競技別重要度」と照らし合わせることで、それぞれのお子さんに合ったスポーツが分かります。
石井氏
―5つの基礎体力がどのぐらい高いと、アスリート向きと言えるのでしょうか?
根岸氏:スポーツにはさまざまな競技があり、各競技によって重要となる基礎体力は異なります。例えば、試合の中で絶えず状況が変化する球技スポーツでは、素早く動くものを見極める「動体視力」や、ダッシュを繰り返す「瞬発力」が必要です。また、陸上短距離のように速く走ることが求められる競技では、「筋力」に加えて「跳躍力」も関係することがわかっています。それぞれの競技に必要な能力が高ければ、その分適性が高いということになります。ただし、最初に測ったときに数値が低かったからといって、「この競技は絶対に無理」と決めつける必要はありません。正しいトレーニング等によってその能力を引き上げることで、苦手だった種目が得意になる可能性もあります。
5大基礎体力の競技別重要度(出展:アローズスポーツ科学センターデータ)
運動嫌いだったわが子が前向きに変化
石井氏
―これまで測定に来られたお子さんの中で、特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
根岸氏:これは私の娘の話です。小さいころから体操教室に通って、ドリブルをしたり縄跳びをしたり、一生懸命頑張っていたのですが、あまり効果が出なくて。それが彼女のトラウマになってしまい、「私は運動が苦手なんだ」という意識がインプットされてしまったのです。ところが、彼女が小学2年生のとき、初めてジャンプの測定をしてみたところ、何と全国平均を大きく上回る結果が出たんです。娘はそれがとてもうれしかったようで、「私って、本当は運動が得意だったんだ!」と。それ以降、自分から「何かスポーツをしたい」と言うようになり、テニスやゴルフなどを習い始めました。特にゴルフにすっかりはまり、今では夢中になって練習しています。
石井氏
―精神的な部分で、「どんなことでもやればできるんだ」と思えるきっかけになったということでしょうか?
根岸氏:そうですね。今までは、自分で苦手だと思い込んでいただけだったんだと。「私は“運動ができない子”じゃないんだ」ということが数字的に認められ、周りの大人にも「すごいね」と言ってもらえたことで、彼女の自己肯定感が上がったのだと思います。それまで自信なさげだったのが、娘の中で何かが動き始めたということが感じられた瞬間でした。そういう意味で、運動能力を数値化するということは、子どもに前向きなきっかけを与えられる可能性のある取り組みなのだと気づけた出来事でもありました。
石井氏
―実際に測定されたお子さんや保護者の方からは、どんな声が多く寄せられていますか?
根岸氏:「学校でどの部活に入るか迷っていたけれど、測定した結果、自分の特性が分かったので一つヒントをもらえたような気がします」とか、チームスポーツをやっている方からは「チームの中で自分がどういうプレーをすればいいのかが分かりました」というような声をよくいただきます。自分にどんな特性があるのかがわかると、動き方が変わる。自分に自信が生まれて、取り組み方が変わってくるということもあるようです。
石井氏
―榎本さんはスタッフとして、日々どんなことを感じながらお子さんの測定をしていらっしゃいますか?
榎本氏:私としては、測定に来てくれたお子さんに、「幼少期にしか得られない成功体験」みたいなものを経験してもらえたらと思っています。例えば、中学・高校に進学すると、勉強したくなくてもしなければいけない、成果を出さなければいけない。大人になれば、仕事をしていて楽しいことばかりではなくても、生活のためには働かなければいけない。でも、子どものうちは、自分が好きなことだけに思い切り打ち込めるじゃないですか。その中で成功体験を積めるのは、幼少期の今だけだと思うんです。なので、計測した結果をいかに本人にとっていい経験になるように伝えられるか。結果として出て来た一つの数字を、どうフィードバックすれば子ども達の可能性をうまく引き出してあげられるか、ということを常に考えています。
アローズラボでの測定の様子
数字を見れば「勝てる土俵」が分かる
石井氏
―普段評価されるのは、試合の勝ち負けやスコアなどだと思いますが、どちらも変数が多くてなかなか具現化しにくいものです。でも、基礎体力のデータであれば、定量的な指標として分かりやすいですよね。
榎本氏:そう思います。例えば、水泳を頑張っている子が測定しに来たことがあったんです。バタフライをやっているのだけど、記録が伸びなくて悩んでいると。そこで測ってみると、「持久力」の数値が高かったんですよね。本人に聞くと、疲れるのがきらいで、これまでは短い距離で頑張っていたそうなのですが、「もしかしたら長い距離の方が合っているかもよ」と伝えました。そうしたら、「実はコーチからも、長距離のほうが向いているんじゃないかと言われたことがあるんですよ」と。コーチから言われていたことが、数字的にも立証されたわけで、その子にとっては一つの転機になったようです。「頑張って長距離にチャレンジしてみます」と言って帰っていきました。同じ種目でも、よりその子の特性に合ったアプローチをすることで、良い結果が出るようになるかもしれない。そのあと押しができたとすればうれしいですね。
石井氏
―なるほど。その子にあったスポーツが分かるだけでなく、今頑張っているスポーツの中でも、どんな戦い方をすれば勝てるかを知るきっかけになるということですね。
榎本氏:はい。他に、こういう方もいらっしゃいました。テニスを頑張っている大学生でしたが、実際に測ってみると、そんなにスピードが出ないタイプだったんです。でも「持久力」はある。「もしかして、勝てないのってハードコートの試合じゃない?」と聞いてみたら、「そうなんですよ」と。テニスコートにはいくつか種類があるのですが、硬い素材でできたハードコートは球のスピードが速くなり、人工芝に砂をちりばめたオムニコートや土でできたクレーコートは球が遅くなる特徴があります。彼の場合、実際にオムニコートやクレーコートのほうが得意で、長い試合に持ち込んだほうが勝てるのだと。これまでの経験から感じていたことが数値でも裏付けられ、改めて自分の勝てる土俵が分かったと喜んでくれました。
石井氏
―お話を伺って、単に運動能力を測るだけでなく、それをいかにその後の成長につなげるかが大事なのだということが理解できました。最後に、今後の展望などをお聞かせください。
根岸氏:われわれの本業は鍼灸接骨院ですので、怪我や痛みを治す場所です。ですが、望むべきは、痛くなる前に「予防」すること。そして、「予防」の先には「発展」があります。そう考えると、やはりお子さんに対してわれわれが果たせる役目というのは、大きいのかなと考えています。接骨院というのは、子どもから大人、お年寄りまで対象にできる業種です。その中で、特にお子さんに対してわれわれがどのように貢献できるかを考えると、「怪我をしてから来る場所」ではなく、「怪我をしないように行く場所」でありたいと思います。そのために、測定することで自分の特性を知り、正しいトレーニングをして、スポーツを楽しんでもらいたい。そして、スポーツを通して人間形成をしていっていただきたい。そのような思いで、これからも取り組んでいきたいです。
(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)