会報誌

「選択肢が多い」という幸せの基準 品川CC代表 吉田 祐介氏インタビュー

親であれば誰しも、「わが子にはこう育ってほしい」「将来はこんな職業についてほしい」など、子どもの未来に期待を寄せることがありますよね。しかし、過度な期待は子どもの選択肢を狭めることもある……そう言われると、思わずハッとする親御さんもいるかもしれません。総合型地域スポーツクラブ「品川カルチャークラブ(品川CC)」の代表を務め、少年サッカーチーム「港南FC」やキッズチアダンスチーム「GRANITA」なども運営する吉田 祐介氏に、自身が夢を叶えるまでの道のりや次世代を担う子ども達に伝えたいこと、親としてのサポートの在り方などについて伺いました。

吉田 祐介氏プロフィール

大学時代に「品川CC」とサッカー団体「infinity」、IT企業「イオレ」の設立に関わる。新卒でリクルートに入社して3年間勤務した後、イオレに再ジョインし、役員に。2017年イオレが東京証券取引所マザーズ市場に上場すると、翌2018年に「品川CC」を法人化。現在「品川CC」は、品川エリアを拠点に活動する総合型地域スポーツクラブとして、社会人サッカーチームを始め、3×3バスケットボールチーム、チアダンスチーム、アメリカンフットボールチームを持つ。2022年には新たなスポーツ施設「品川カルチャーベース」をオープンした。

高校時代の夢を20年がかりで実現

石井氏
―ご自身は、高校生のときに「クラブチームを立ち上げよう」という夢を持ったそうですね。そう思うようになったきっかけは?

吉田氏:小学生のころJリーグが始まって、私自身Jリーグを見て育ちました。地元が横浜だったこともあり、横浜マリノスというJリーグチームの応援に行くようになりました。サポーターとして毎週末ゴール裏で拡声器を持ち、本気で応援していく中で、いつしか「自分でクラブを作りたい」と思うようになっていきました。

石井氏
―クラブチームを立ち上げるために、どんなことに取り組んだのですか?

吉田氏:物事を成し遂げるには、「ヒト」「モノ」「カネ」が大事だと言いますよね。そこで、大学一年のときに、その3つを作ったんです。「ヒト」は、大学でサークルとして創設した団体「infinity」。サッカー好きの人を集めて、サッカーをやったり応援したり、イベントを主催したりするサークルです。このサークルはその後20年間続いて、私自身にとっても人脈を広げるという意味で大きな財産になりました。「モノ」は、将来クラブ経営をやるためのハコとして作った草サッカーチーム。このとき作ったチームが現在の「品川CC」です。そして「カネ」として、仲間たちと一緒にITの会社の創業に携わりました。実を言うと、別にビジネスに興味があったわけではないんです。でも、会社の一つぐらい上場させることができなければ、サッカークラブの経営なんてできないだろうと思って。結局、創業から10数年かかりましたが、2017年に上場して一つの目標を達成することができました。周りの社員たちに対しても少しは還元できたかなと思ったので、そろそろ自分が本当にやりたいことを始めようと考え、翌年に「品川CC」を法人化しました。


大学生時代に設立したサークル「infinity」のメンバーと吉田氏

石井氏
―ゼロから作り上げる中でいろいろな苦労があったと思いますが、そんなとき何が一番の助けになりましたか?

吉田氏:うーん、苦労はそんなにしていない気がします(笑)。もちろん大変は大変ですよ、創業当時は資金面でひやひやすることもありましたし。でも、楽しいからそれが苦労だと感じたことはないです。大変なときに一番助けになったのは、やっぱり仲間の存在ですね。スポーツを通じて出会った仲間が、人生で本当に大きな助けになってくれました。その意味でも、スポーツがなかったら今のような仕事はできていなかったなと思います。

「サッカーは友達を作るスポーツ」

石井氏
―スポーツって、損得勘定や利害関係を抜きにして、さまざまな人脈を広げられるのがいいところでもありますよね。

吉田氏:本当にそう思います。どんなに偉いおじさんでも、ピッチに入ったら関係ない。急に年功序列がなくなって対等になる、あの感じが結構好きなんですよね(笑)。子どものころ、恩師に「サッカーは友達を作るスポーツだよ」とよく言われました。私も子どものころはなかなかやんちゃな子で、悪いこともしたし、喧嘩もたくさんしました。でもそういうときに、「サッカーは友達を作るスポーツなのに、そうやって友達を失っていいの?」って恩師が言うんです。そのたびに「あぁそうだな」と思って反省していました。私の場合は、プレーヤーとして第一線で活躍できたわけではありませんが、その後もサポーターとして活動しながら出会った縁が、あとあとものすごく生きているんですよね。だから、子ども達にもそのことは伝えたいです。「将来を見据えて付き合っておけ」などと言うつもりはさらさらないですけど、「友達を大切にしておくと、いいことがたくさんあるよ」と。

石井氏
―サッカーを通じて出会った縁は、具体的にはどんなところで生きているんですか?

吉田氏:まず、横浜マリノスの応援をしていたころ、たまたま知り合ったサポーター仲間のおじさんが品川に住んでいて。親子ほど年齢の離れた人なのですが、結果的にその人と一緒に作ったのが「品川CC」なんですよ。それから、今回品川CCの監督に元日本代表の槙野 智章氏が就任したのも、本当に偶然とも言えるような縁で。私は、サッカー日本代表の試合には必ず応援に行っていて、前回W杯のアジア予選のときもバーレーンやカタールに行ったんです。そのとき、久しぶりに槙野さんに会ったんですよ。ドイツ戦の前日、カタールで日本代表の練習をやっているところを見に行ったらたまたま槙野さんがいて。もともと10年来の友人だったのですが、コロナ禍で全然会えていなくて、3年ぶりの再会でした。当時、ヴィッセル神戸を辞めるというニュースが出ていたこともあり、「もし引退して指導者を目指すなら、僕のところに来いよ」と。そのときポロっと言ったことが本当に実現したんですよね。こういうのも、めぐりあわせというか、縁が縁を呼んだのかなという感じがします。


サポーターとして活動している吉田氏

石井氏
―キッズチームを運営したり、子ども向けにいろいろなイベントを開催したりされていますよね。どんな思いで取り組んでいるのでしょうか?

吉田氏:最近、年を取ったせいか、幸せな人生って何だろうと考えるようになりました。「お金がある」とか「時間がある」とか、幸せの基準はいろいろだと思うんですけど、最終的には「選択肢が多い」ということに尽きるんじゃないかなと。「やりたいことがあるのにできない」という人生が一番つまらないと思うんです。だから子ども達にも、なるべく多くの選択肢を持って生きてほしい。実は、品川CCをサッカーだけでなく総合型のスポーツクラブにしている背景もそこにあります。別にサッカーが全てではないし、ある子にとっては他のスポーツのほうが向いているかもしれない。そういう可能性をつぶさずに、できるだけたくさんのことが経験できるクラブのほうがいいなと。最後は自分がやりたいことを見つけて、そこに対して一生懸命頑張ればいい。でも、子ども自身が幼少期にやりたいことを一つだけに絞るのは難しいですよね。ですから、まずはある程度大人が選択肢を与えてあげて、その中から選ばせてあげられるといいなと思っています。


キッズチームに所属している子ども達と吉田氏

過度な期待で子どもの選択肢を狭めないで

石井氏
―子育て中の親御さんへ向けてメッセージをお願いします。

吉田氏:やっぱり「子ども達にいろいろな選択肢を与えてあげてほしい」ということですね。それは、これまで私が数々のアスリートのセカンドキャリアを見てきて思ったことでもあります。アスリートの中には、実は「それ以外の選択肢がなかったから選んだ」という人もたくさんいて。本人からすると、あまり幸せじゃない選択だったりすることもあるんですよ。もし、若いときにもっと多くの選択肢を与えてあげていたら変わったかもしれない。ですから、親御さんには「子どもに過度な期待をかけて、親の夢を託した生き方を強制しないでくれ」と伝えたいです。実際、Jリーガーにもよくいます。最後、引退するかどうかの相談で私のところに来て、「親は続けてほしいと言っている」と。親が「仮に来季の年俸が低くても、自分たちが支援するから続けてくれ」と言っているというんです。それは違いますよね。「それはもうお前の人生じゃないじゃん」という話をするんですけど。

石井氏
―過度な期待って、いろいろなところに存在しうるものですよね。勉強とか受験とかでも。

吉田氏:大体、親自身がしくじったことを子どもに託すことが多いんです。自分はプロになりたかったのになれなかったから、とか。その気持ちはわかるけど、押し付けるなよとすごく思います。その子が本当にやりたいことをやらせてあげる、ということが重要なんだろうなと。実は、とても後悔していることがあるんです。小学生のころから「アイドルになりたい」と言っていた女の子に対して、「アイドルなんてそう簡単に食べていけないからやめておけ」と言ってしまったことがあって。その子、今は地下アイドルとして活動しています。何年か後に「私、ちゃんとアイドルになったよ」と言われたときに、「そうか、こちらが言ったことを覚えていたんだな」と思って反省しました。実際に食べていけているのかどうかは分からないけれど、彼女は自分の夢を叶えたわけですから。

石井氏
―自分が満足していて幸せな人生なのであれば、周りがどうこう言うことじゃないですしね。

吉田氏:そうなんですよ。ビジネスの世界でも、絶対それじゃビジネスにならないだろうと思うようなことでも、それで食べていっている人も意外と多いですし。結局、強い思いを持ったやつにはかなわないんですよね。自分の人生は、自分で責任を持つしかない。その強い思いがあれば、たいていのことはできてしまうのだと思います。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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