今も昔も子ども達にとって憧れの職業の一つといえば、「プロ野球選手」。大谷 翔平選手をはじめとする多くの日本人選手が世界で活躍するなど、その人気は年々増すばかりです。読者の皆さんの中にも、お子さんに野球を習わせている、もしくは検討しているという方がいらっしゃるかもしれません。今回は、千葉ロッテマリーンズが運営する野球教室「マリーンズ・ベースボールアカデミー」のコーチである遊佐 華好氏に、伸びる子どもの特徴や野球を通じて子ども達に伝えたいこと、小学校教員からコーチに転身したご自身のキャリアなどについて伺いました。
遊佐 華好(ゆさ かすみ)
マリーンズ・ベースボールアカデミーコーチ
千葉県出身。中学・高校で6年間ソフトボールを経験。高校卒業後は日本体育大学に進み、女子軟式野球部へ入部。4年時には主将を務め、チームを全国大会5連覇へ導く。教員免許取得後、2年間小学校の教師を務め、2020年より千葉ロッテマリーンズOBと教員免許を取得したテクニカルコーチが指導する野球教室「マリーンズ・ベースボールアカデミー」のコーチに就任。
野球をする時間をとにかく楽しんでほしい
石井氏
―まずは、野球教室のコーチになったきっかけから教えていただけますか?
遊佐氏:私は日本体育大学出身なのですが、大学時代は女子軟式野球部でプレーしていました。卒業後は、子どものころから教員になりたいという夢があったので、小学校の教師として2年間勤めていました。その中で、大学時代にお世話になっていた方から「マリーンズでアマチュアのコーチを探している。女性で、教員免許を持っていて、野球の経験もある人を探しているのだけれど」とお声掛けいただいて。「あ、それはまさに私だ」と思い、飛び込んでみようと思ったのがきっかけでコーチに転身しました。
石井氏
―子どものころからの夢だった教員というキャリアからは少し違う環境に飛び込まれたわけですが、実際にコーチになってみていかがですか?
遊佐氏:野球を教える、しかも子どもへの指導ということで、自分のこれまでの経験を生かせる仕事なので、とてもやりがいがありますね。一方で、教員とコーチとでは違う部分もあります。教員のころは、自分のクラスの子ども達と一年間通して毎日接するため、一人一人の成長度合いをじっくり見守ることができました。それが、コーチになったことで、子ども達と接する頻度が週に一回になり、はじめのうちは、教員のときと比べて子ども達との間に少し距離を感じてしまうようなこともありました。
石井氏
―その距離というのは、コーチとしての経験を重ねるうちに変化していったのでしょうか?
遊佐氏:そうですね、「週に一回でどう関わるか」ということにフォーカスするようにしたら、少しずつ変わっていきました。学校生活だったら、授業があって、昼休みがあって、給食があって、その間ずっと生徒達と関わることができます。ですが、コーチとして子ども達と関われるのは、週に一回、野球をしている間だけ。そのわずかな時間を、とにかく楽しい時間にしてほしいという思いだけで、ぶつかるようにしました。そうすると、やっぱり子ども達から返ってくるものがあるなと感じていて。毎日一緒にいなくても、徐々に子ども達の成長を感じられるようになってきたので、とてもうれしく思っています。
母はいつでも認めて後押ししてくれた
石井氏
―ご自身がソフトボールを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
遊佐氏:もともと母の家系が野球一家だったので、幼少期からよくキャッチボールなどはしていました。でも、私が小学生のころは、野球といえば男の子がやるスポーツという感じで、周りにも女の子でやっている子は一人もいませんでした。それが、中学校に上がったらソフトボール部があったので、「やってみようかな」と思って始めたのがきっかけです。ちなみに私が通っていた中学校のソフトボール部は、強豪でも何でもなく、むしろちょっとちゃらんぽらんな中学校の部活動、という感じでした(笑)。私自身はもっと真剣にやりたいなと思っていたので、高校では、勉強にもスポーツにもしっかり向き合える文武両道の学校に進学しました。
石井氏
―文武両道で頑張りたいという考え方は、どうして身に付いたのだと思いますか?幼少期にご両親から言われていたことなどはあるのでしょうか?
遊佐氏:どうなんでしょう。親に「文武両道でやりなさい」などと言われたことはないのですが……。逆に、「あれはだめ、これはだめ」と制限されることもありませんでした。どちらかというと、母はいつでも私が頑張ったことを「すごいね!」「いいじゃん!」と言って後押ししてくれる感じでしたね。そのおかげで、認められるとうれしい、だからもっと頑張ろうと思えるようになっていったのかもしれません。
石井氏
―大学に入ってソフトボールから軟式野球に転向したのは、何かきっかけがあったのですか?
遊佐氏:日体大のソフトボール部は強豪なので、推薦じゃないと入れないということもあって。そんなときにパッととなりを見たら、女子軟式野球部が練習していたのです。それまでソフトボールしかやったことがなかったし、やるなら同じような競技がいいなと思って入部しました。ところが、実際に入ってみたら、球の大きさもバウンドの跳ね方もソフトボールとは全然違うし、ルール上の違いも多い。しかも、上下関係がものすごく厳しくて先輩も怖いし(笑)、最初は本当に苦労しました。スピード感でいうとソフトボールのほうが早いのですが、ルール的には野球のほうが奥が深いところがあって、「野球って、すごく頭を使うスポーツなのだな」と改めて強く感じました。
自分で言葉にできる子が伸びていく
石井氏
―これまでさまざまな子ども達を指導してきて、どういう子が伸びると感じていらっしゃいますか?
遊佐氏:会話ができる子、自分で言葉にできる子が伸びるかなと思っています。子ども達には練習後に野球ノートを書いてもらっているのですが、それを読むと「あ、この子はこういうことを思っているんだな」とか、「おうちではこういうことができたんだな」とか、いろいろなことが分かります。言葉にしてくれるだけで、成長していることや考えていることが伝わりますし、その子自身がどんどん伸びていくような感じがしますね。
石井氏
―これまでにお話を伺った皆さんも「言語化は大事だ」とおっしゃる方が多かったのですが、遊佐コーチご自身は、なぜ言葉にすることが大切だと思いますか?
遊佐氏:言語化することで、整理できるのだと思います。自分の中にためていたものを、言葉にすることで、改めて自分の中で理解できるというか。私自身は、高校生のときからノートを書くようになりました。顧問の先生に、「今日どんなことがあったか、書いて来なさい」と言われて。最初はなかなか書けなかったのですが、上級生になると「自分のことだけではなく、チームのことも書きなさい」と言われるようになり、いろいろと考えなければいけないことも増えていきました。私自身、自分なりに考えてノートに書くということを通して成長できたかなと思うので、それを今度は子ども達にも伝えていきたいです。
石井氏
―中には、書くことや言葉にすることが苦手な子もいると思います。そういう子たちにはどのように接していらっしゃいますか?
遊佐氏:恥ずかしがりやの子、自分から話せない子もいますから、そういう子たちには、とにかくこちらから話し掛けるようにしていますね。「今日よくできたね」とか、何気ない一言を掛けるだけでも、徐々に変わってくるのかなと思っています。会話が苦手な子でも書くことはできたり、逆に書くことは苦手でも対面なら話せたりする子もいて、どちらがコミュニケーションを取りやすいかは子どもによって違います。その子に合わせて、こちらからどうにか促しながらコミュニケーションとる中で、「この人には話してもいいんだな」とか、「この人には思っていることを書けるな」という関係を築いていくことが大事だと思います。
子ども達とのコミュニケーションを大切にしている遊佐コーチ
小さくてもできたことを認めてほしい
石井氏
―野球を通じて、どんなことを子ども達に伝えたいですか?
遊佐氏:チームプレーのいいところって、「ジャイアンの逆」みたいな感じだと思っていて(笑)。ドラえもんに出てくるジャイアンの口癖は、「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」ですけど、その逆で「私のいいところはあなたのいいところ、あなたのいいところも私のいいところ」と思えるかどうかが、チームの強さだと思うのです。仲間のプレーを見て、「わぁ、ナイスプレーだね!」と自分のことのように喜べる。逆に、もし誰かが失敗してしまっても、仲間でカバーし合って「ありがとう」と言い合える。そういう、自分一人だけじゃないというチームプレーの魅力を、野球を通して子ども達にも感じてほしいです。
石井氏
―マリーンズ・ベースボールアカデミーの理念としても、チームプレーを通じて人間性を磨くことを大切にしているのでしょうか?
遊佐氏:はい。人間性の部分は、すごく大切にしています。全ての子ども達がプロ野球選手になるわけではありませんが、人間性が大切なのは野球に限ったことではないと思うのです。一指導者として、これからこの子たちが育っていく上で、困難を乗り越える力とか、好きなことを突き詰める力を身に付けて、自分が輝ける場所を見つけてほしい。そのためには、あいさつができるとか、一生懸命に取り組めるとか、そういう人間力がとても大事だと考えています。
石井氏
―最後に、好きなことに一生懸命取り組んでいるお子さんをお持ちの保護者へ向けて、メッセージをお願いできますでしょうか?
遊佐氏:一番お伝えしたいのは、お子さんのことを認めてあげてほしいということです。親としては、お子さんにもっと上のレベルにいってほしいと思えば思うほど、できていないことばかり見えてしまって、「ここがだめ!」と言いたくなってしまうかもしれません。でも、少しでもできた部分を見つけて、「今日はこれができたね、よかったね」と認めてあげてください。そして、私たち大人にとっては当たり前のことでも、子どもにとっては当たり前ではないということを覚えておいていただきたいです。ボールを投げるだけでも、小さな子どもにとってはすごいこと。些細なことでも、できたことを認めてあげれば、また次も頑張ろうと思えて、自然とレベルが上がっていくのではないでしょうか。
「ボールを投げるだけでもすごいこと」と語る遊佐コーチ
(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)