会報誌

「免疫負債」を改善して感染症から身を守ろう! ~愛育病院 副院長 浦島 崇氏インタビュー~

 

昨年5月に新型コロナウイルス感染症が「5類」へと引き下げられてから早一年。やっと収束に向かうかと安堵する間もなく、インフルエンザ、RS ウイルス感染症、手足口病等の感染症が次々に大流行しています。小さいお子さんを持つご家庭では心配が絶えず、常に情報収集のアンテナを張っているという親御さんも多いことでしょう。今回は、総合母子保健センター愛育病院 副院長 兼 小児科部長の浦島 崇氏に、コロナ後の感染症を取り巻く状況の変化や、抵抗力を高めるために気をつけるべきことなどを伺いました。

 

浦島 崇氏プロフィール

1970年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。東京慈恵会医科大学、総合母子保健センター愛育病院にて20年以上にわたって小児科に携わるエキスパート。2020年、総合母子保健センター愛育病院 副院長 兼 小児科部長に就任。2023年12月、「うらちるクリニック」(東京都港区)を開院。これまでの知見を生かし、小児科全般の診療、心疾患や内分泌疾患、発達段階での悩みなどにも幅広く対応している。近年は、小児期からのスポーツの重要性を医学的に啓蒙する活動にも取り組んでいる。

「免疫負債」がさまざまな感染症の原因に

 

石井氏
―今年は春先から手足口病が大流行しましたが、最近の状況はいかがでしょうか?

浦島氏:一時に比べれば少し落ち着きましたが、今でもまだ収束したとは言えません(インタビュー時8月現在)。中には、もう2回、3回と罹患している方もいらっしゃいます。それに加えて、最近はマイコプラズマ肺炎がものすごい勢いて増えてきて、私がこれまでに経験したことがないほどの大流行を見せています。マイコプラズマ肺炎は、小さい子はあまり罹患せず、5歳以上の子が罹りやすいのが特徴です。大人は感染しにくいのですが、兄弟にうつしてしまうことが多いため、家庭内でも十分な注意が必要です。

石井氏
―コロナの前後で、感染症の状況に何か変化があったのでしょうか?

浦島氏:コロナ以降、感染症の流行り方が、何か尋常ではないなという感じはしています。2年前にはRSウイルスが大流行しましたし、その後も手足口病にマイコプラズマ肺炎にと、特定の感染症がアウトブレイク(集団感染)することが多くなりました。これは、コロナの時期に隔離生活が続いたことで、風邪を引く頻度が減り、本来身に付けるはずの免疫を獲得できなかったことが原因だと考えられます。こうした状態は、「免疫負債」と呼ばれています。

石井氏
―その「免疫負債」ですが、改善するためにできることがあれば教えてください。

浦島氏:何よりも、むやみに隔離せずに、子ども同士でよく遊ばせ、集団生活を送らせること。そうすることで、定期的に風邪を引くことが大切です。ある意味、衛生に気をつけすぎないということですね。子どもが風邪を引くのは当たり前なので、あまり恐れ過ぎないほうがいいと思います。家の中にこもって他の子と遊ばせない、集団生活を送らせないということを続けていると、かえっていろいろな弊害が出てきてしまうのです。

子ども達が安全に遊べる環境づくりが大事

石井氏
―普段の生活の中で、良質な食事や睡眠をとることも大事でしょうか?

浦島氏:もちろんです。その点、現代のお母さんたちは、お子さんの食事や睡眠について非常によく考えていらっしゃいますよね。加えて、やはり運動も大事です。体を動かすことによって、リンパの流れがよくなり、抵抗力が上がります。逆に運動不足の子は、どうしても疲れやすく、何事にも活気がなくなってしまう。また、将来肥満になってしまうリスクも高まります。ですから、昔からよく言われているように、小さい頃から運動習慣をつけるということはとても大切なのです。健康のために、よく食べよく寝てよく動く。これが一番だと思います。

石井氏
―今は共働きでご両親が忙しい家庭が多く、子どもを遊ばせる時間が短くなっているという現状を考えると、生活の中にうまく運動を取り入れていく必要がありそうですね。

浦島氏:昔は公園で放っておいて自由に遊ばせていたものですが、今は安全面から、子ども達だけでは遊ばせられない時代になりました。でも、親御さんたちも、運動は何かやらせないといけないと考えていらっしゃる。そこで、お子さんを水泳教室や体操教室などに通わせる方が増えてきましたよね。それ自体は悪いことではありませんが、個人的には、週に2、3回スポーツ教室で運動するぐらいでは全く不十分だと思っているんです。

石井氏
―それでは、子ども達が適切な運動習慣を身に付けるにはどうすればよいでしょうか?

浦島氏:やはり、日頃から思い切り体を動かせる環境を作ることが大事だと思います。例えば、学校の開放をもっと進めるなどして、子ども達が自由に遊べる安全な場所を増やすとか。また、小児期から運動の楽しさを知ってもらえるように、ゴールデンエイジと呼ばれる3~6歳ぐらいの子どもたちに向けて、プロがきちんと指導してあげられるような機会も作れたらいいのではないかと思います。

約4割はお父さんが受診に連れてくる時代に

石井氏
―話は変わりますが、先生はなぜ小児科の医師を目指そうと思ったのですか?

浦島氏:最初のきっかけは、年の離れた兄が小児科医だったということです。小児科の先生の中には、「自分自身が小さいときに病気がちで小児科の先生に憧れていた」という方も多いですけど、私の場合は特にそういうわけではなくて。医学部に入学した当初は、小児科に行くと決めていたわけではありませんでした。ところが、小児科の実習に行ったら兄の仲間たちがとてもかわいがってくれて、それがうれしかったんですよね(笑)。その後研修医となり、お子さんや親御さんたちが喜んで帰っていく姿を見ているうちに、自分としてもやりがいを感じて、小児科の道に進むことに決めました。

石井氏
―実際に小児科の医師になってみて、想定と違ったことなどはありましたか?

浦島氏:良い意味で想定外だったことはありました。私が医師になったころからずっと、これからは少子高齢化が進むから、小児科と産婦人科はどんどん需要がなくなっていくんじゃないかと言われていて。でも実際には、特に都内における患者さんの数は、あまり減っていないんです。もちろん、子ども達が病気になるのはいいことではありませんが、小児科の需要があるということは、医師として非常に大きなやりがいを感じています。

浦島氏が院長を務める「うらちるクリニック」での診察の様子

石井氏
―子どもの数自体は減っている中で、受診される患者さんの数があまり変わらないというのは何故なのでしょうか?

浦島氏:都市部の場合、働くお母さんが増えてきたことの影響が大きいと思います。子どもが体調を崩して保育園に通えなくなると、仕事ができなくなってしまう。ですから、いかに早く治して登園させ、自分が働く時間を作れるかということが大事になってくるわけです。その需要が、10年前、20年前と比べて増えている気がします。

石井氏
―働くお母さんが増えたことで、親子の関係なども変わってきているのでしょうか?

浦島氏:お母さんが仕事をするようになったからといって、母子の関係が変わったとは思いませんが、お父さんたちが積極的に子育てに関わるようになってきたなとは感じます。特にコロナを機にすごく変わったと思いますね。昔は、受診のときにはお母さんが子どもを連れてくるのが当たり前でしたが、今では4割ぐらいはお父さんが連れてくるんですよ。それだけ、お母さんもお父さんと同じぐらいのプライオリティで仕事をされる時代になってきたということでしょう。

情報の取捨選択に迷ったら専門家に相談を

石井氏
―育児を共同作業ととらえて、協力し合うご夫婦が増えてきたという印象ですか?

浦島氏:そうですね。お子さんの体調などについてもよく共有しているし、「二人で子育てをしている」という意識が強くなっている気がします。この10~20年で、お父さんに懐いている子も確実に増えている印象です。個人的には、とてもいいことだと思って見ています。お父さんたちも、最近は在宅でお仕事されることが増えましたよね。それによって、時間の融通が利くようになったということも要因の一つかもしれません。

石井氏
―最近の親御さんを見ていて、どんなことを感じますか?

浦島氏:いやもう、皆さん本当にリテラシーが高くて優秀ですよ。この情報社会において、インターネットの記事やYouTubeなどをよくご覧になっていますよね。中にはネットの情報だけに頼ってしまい、知識が偏ってしまう方もいますが、多くの方は正しく理解されていると思います。ただ、ときにはやりすぎかなと感じることもあります。例えば、「これを飲むと風邪を引きにくくなる」という記事がちょっと目に入っただけで、すぐに「じゃあ飲ませよう」ということになってしまったり。情報の取捨選択が難しい時代になってきたのかなという気はしています。

石井氏
―情報が溢れている現代だからこそ、何を信じたらいいのか迷ってしまう親御さんも多いと思います。そんな親御さんたちに向けて、何かメッセージはありますか?

浦島氏:インターネットは便利な反面、一度何かを検索すると、それに似た情報ばかりが出てくるようになります。ですから、ネットの情報を全てうのみにするのではなく、困っていることがあれば、早めにきちんとした知識を持った医療機関に相談していただきたいですね。小児科としては、そういったさまざまな情報の中から、正しいものとそうでないものをお伝えしていけたらと考えています。

石井氏
―最後に、冬に向けてこの感染症には気をつけたほうがいいなどのアドバイスがあればお願いします。

浦島氏:なかなか予測しづらいところではありますが、またコロナとインフルエンザは定期的に流行すると予想されます。特に、冬場になると窓を閉め切ることが増えるので、風邪が蔓延しやすくなります。感染予防のためにも、こまめな手洗いとうがいはぜひ続けてください。そして、日ごろから良質な睡眠・栄養・運動を心掛けて、しっかり抵抗力をつけていきましょう。

(聞き手/株式会社LOCOK代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)

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