富士山、立山と並ぶ日本三名山の一つ、白山。その白山の麓に、「グローバルイノベーターの育成」を標榜し、先進的なカリキュラムを展開する高等専門学校があります。全く新しい高等教育機関として、国内外から注目を集めている「国際高等専門学校」。その校長であるルイス・バークスデール氏に、これからの社会で活躍できる人材の育て方や、幼少期に大切にすべきことなどを伺いました。
2018年4月、前身の「金沢工業高等専門学校」から「国際高等専門学校」に改称。同時に石川県白山市に「白山麓キャンパス」を新設して全寮制教育を取り入れ、英語でSTEM教育※を行うなどカリキュラムを刷新。3年生は全員が1年間ニュージーランドに留学し、4・5年生は、併設校である金沢工業大学と連携した授業を受けることができる。高専の5年間、大学・大学院の4年間を、「5+4」の9年間一貫教育ととらえ、特色ある高等教育を実施。
※STEAM教育…Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する教育。
イノベーションはダイバーシティの中で生まれる
国際高等専門学校 白山麓キャンパス
石井氏
●御校では特色あるカリキュラムを採用されていますが、どのような教育を目指していらっしゃいますか?
ルイス氏
●私たちが目指しているのは、「新たな価値を創出し活躍できるグローバルイノベーターの育成」です。自ら課題を見つけ、自ら動いて世の中を良くしていけるような人材を育てたいと考えています。長きにわたり、産業界に出て即戦力として通用する人材を育成してきたわけですが、その社会はもう終わったのではないかと思っています。これからの社会では、ある決まったスキルや知識を身に付けただけで終わり、ということではなく、自分で新しい課題を見つけ、その課題を最新の科学技術によって解決していくことが求められているのです。そういった社会の中で、トップレベルのリーダー格になれる人材、それこそが私たちが目指す「グローバルイノベーター」です。
石井氏
●英語での授業や、欧米型の「ボーディングスクール」と呼ばれる全寮制教育を取り入れるなど、「インターナショナルスクール」のイメージが強いように感じました。
●語を使って勉強する「バイリンガル教育」を採用しているので、その意味ではインターナショナルな学校だと言えると思います。また今後は、外国籍の学生、留学生や帰国子女など、さまざまなバックグラウンドを持つ学生を増やしていきたいと思っています。私は、「イノベーションは、ダイバーシティの中で生まれる」と信じています。そして、コミュニケーション力やコラボレーション力なども、ダイバーシティの中でこそ育つものだと考えています。学生たちには、ぜひ多様性のある環境の中で学んでほしいと願っています。
海外経験のある学生や女性の割合を増やしたい
さまざまなバックグラウンドを持つ学生が集まり学び合う
石井氏
●世界中の優秀な人材と切磋琢磨することはとても大切だと感じます。留学生の割合はどのぐらいが理想的だと思いますか?
●「留学生」をどう定義するかにもよりますが、何らかの海外経験がある学生の割合は、なるべく多く、例えば半々ぐらいになっても面白いのではないかと思います。本校も、外国籍の学生はまだ数名しかいませんが、国籍は日本でも帰国子女であったり、海外のインターナショナルスクールに通っていた経験があるとか、両親のうちのどちらかが外国籍であるなど、いろいろなタイプの学生がいます。こうした学生が多ければ多いほど、語学の環境も良くなるのではと期待しています。最初からいわゆるリケジョ(理系女子)タイプだった学生だけでなく、もともとは文系だったけれど、モノづくりやデザインに興味があったとか、何らかの形で社会に役に立つものを開発したいという考えで本校に来てくれた女性もいます。
石井氏
●昨今、文系理系の区分に捉われずに領域横断的な教育を行う「文理融合」がキーワードの一つになっています。文系理系の括りはなくなってきているのでしょうか?
●私はサイエンステクノロジー」を非常に大事にしていて、技術を使ったイノベーションこそが使命だと思っています。その意味では、どちらかといえば本校は「理系」の学校です。ただ、当然ながら、技術のことだけが分かっていればいいというわけではありません。社会のこと、自分のこと、他人のこと、自然界やアートのことなども理解できていなければ、優れたリーダーにはなれないでしょう。科学技術を私たちの生活から切り離して考えることはできないし、いわゆるリベラル・アーツ教育(一般教養教育)、オールラウンド教育と呼ばれる分野も非常に大切だと考えています。
1~2年生は全寮制、3年生は留学で学びを深める
石井氏
●御校の大きな特徴の一つでもある「全寮制教育」の狙いを教えてください。
●全寮制を採用していることには大きな意味があります。地元の学生であっても、1~2年生の間は寮に入って学んでもらっています。寮という特別な社会の中で、お互いにさまざまなことに取り組んだり、学び合ったりすることが大切だと考えているからです。学生だけでなく、教員や職員も含めて、助け合いながらコミュニティを作っていこうというのが全寮制の狙いです。 特徴的な取り組みの一つとして、毎日午後7時半から9時半にはラーニングセッションという勉強の時間があります。これは、ラーニングメンターと呼ばれる教員たちの指導のもとで行っている大切な課外学習なのですが、学生同士が教え合う場にもなっており、全員必ず参加することになっています。また、普段の生活においても、「相手のことを尊重する」という付き合い方を身に付けることが大事だと考えています。入学時にはまだ15歳の子供ですから、日々いろいろなことが起こりますが、学生同士の話し合いなどを通してお互いに成長していけるように指導しています。
1~2年生は全員寮に入り寝食を共にしながらコミュニティを作っていく
石井氏
●3年生は全員ニュージーランドに留学すると伺いましたが、どのような意図があるのでしょうか?
●毎年10~20名の学生が参加し、ただ英語を勉強するだけではなく、本来の3年生のカリキュラムを英語で学んで帰ってくる。また、その一年間は、寮ではなく一般家庭にホームステイして生活します。このプログラムを通じて、英語力はもちろん、学習面でもきちんと4年生に進級できるレベルの力が身に付き、さらに人間としても驚くほど成長して帰ってくるのを見てきました。そこで、白山麓キャンパスでのバイリンガル教育を2年間体験した後、3年生の時にニュージーランドに送り出すことで、より深いレベルで英語での勉強を体験させることを目的として、全員参加のカリキュラムにすることにしました。残念ながら、現在の国際高等専門学校になってからは、コロナ禍で実践できていないのですが、以前のプログラムの参加者からは、「帰りたくなくなるほど留学生活を満喫できた」とか、「帰国後も英語を使う機会を積極的に探している」という声を多く聞いています。また、私は進路関係で学生と面談をすることがあるのですが、ニュージーランドに行った学生は、必ずそのときの経験がいかに有意義だったかを熱心に語ってくれます。
オタゴポリテクニクへの留学は多くの学生にとってかけがえのない経験になる
「子供のような大人」がグローバルイノベーターになる
石井氏
●「グローバルイノベーター」を目指すには、幼少期にどんなことを大切にしたらよいでしょうか?
●自分から何かに興味を持って、自分から何かに取り組もうとするような学生です。パッシブ(受動的)ではなく、アクティブ(積極的)に何かを勉強したり体験したり、チャレンジしてみたり、そういう精神を持った学生がこれからは必要ではないかと思います。人間は本来、何かを学ぶということが、生きる上での大きな喜びになるはずです。「学ぶこと=生きること」と言っても過言ではないと私は信じているのですが、本来小さい子供は、放っておけばそういう好奇心を持って動くはずです。こうした好奇心が壊れていない、いわば「子供のような大人」というタイプの人間が、グローバルイノベーターになるのではないでしょうか。
石井氏
●最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
●小さいころから、ぜひお子さんの「学びたい」という気持ちや好奇心を大切にしてあげてほしいと思います。
(聞き手/LOCON株式会社代表取締役、金沢工業大学虎ノ門大学院准教授 石井大貴)